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ハートフル リーディング/heartful reading

 

ハートフル リーディング/heartful readingプロジェクトメンバーより皆さまへ

 

私たちの朗読を聴いて下さり、有難うございます。

 

メンバー全員、こうして朗読を発信できる場が出来たことを、とても嬉しく思っております。

 

尚、今後は活動名をハートフルリーディング(heartful reading)として、毎月第2、第4金曜日に配信させて頂きます。

 

人の心に寄り添い、思いやりの種を育てていけるようにメンバー一同 心を込めて朗読させて頂きます。

 

ひとときの癒しの時間を共有して頂ければ幸いです。

 

また皆さんとお会いできる時期がまいりましたら、国内外のドネーションに繋がる朗読イベントを開催させていただきます。

 

どうぞよろしくお願い致します(*^_^*)

 

 

プロジェクトメンバー:

チコ(リーダー) / 川野裕満子 / 田中人美

 

朗読作品

#16「きのこ会議」 夢野久作 作 / 読み手:チコ / 2020年10月23日 / 青空文庫より

初茸、松茸、椎茸、木くらげ、白茸、鴈がん茸、ぬめり茸、霜降り茸、獅子茸、鼠茸、皮剥ぎ茸、米松露、麦松露なぞいうきのこ連中がある夜集まって、談話会を始めました。一番初めに、初茸が立ち上って挨拶をしました。

「皆さん。この頃はだんだん寒くなりましたので、そろそろ私共は土の中へ引き込まねばならぬようになりました。今夜はお別れの宴会ですから、皆さんは何でも思う存分に演説をして下さい。私が書いて新聞に出しますから」  

皆がパチパチと手をたたくと、お次に椎茸が立ち上りました。

「皆さん、私は椎茸というものです。この頃人間は私を大変に重宝がって、わざわざ木を腐らして私共の畑を作ってくれますから、私共はだんだん大きな立派な子孫が殖えて行くばかりです。 今にどんな茸でも人間が畠を作ってくれるようになって貰いたいと思います」  

皆は大賛成で手をたたきました。その次に松茸がエヘンと咳払いをして演説をしました。

「皆さん、私共のつとめは、第一に傘をひろげて種子たねを撒き散らして子孫を殖やすこと、その次は人間に食べられることですが、人間は何故だか私共がまだ傘を開かないうちを喜んで持って行ってしまいます。そのくせ椎茸さんのような畠も作ってくれません。こんな風だと今に私共は種子を撒く事が出来ず、子孫を根絶やしにされねばなりません。人間は何故この理屈がわからないかと思うと、残念でたまりません」と涙を流して申しますと、皆も口々に、「そうだ、そうだ」と同情をしました。  

するとこの時皆のうしろからケラケラと笑うものがあります。

見るとそれは蠅取り茸、紅茸、草鞋茸、馬糞茸、狐の火ともし、狐の茶袋なぞいう毒茸の連中でした。  その大勢の毒茸の中でも一番大きい蠅取り茸は大勢の真中に立ち上って、

「お前達は皆馬鹿だ。世の中の役に立つからそんなに取られてしまうのだ。役にさえ立たなければいじめられはしないのだ。自分の仲間だけ繁昌すればそれでいいではないか。俺達を見ろ。役に立つ処でなく世間の毒になるのだ。蠅でも何でも片っぱしから殺してしまう。えらい茸は人間さえも毎年毎年殺している位だ。だからすこしも世の中の御厄介にならずに、繁昌して行くのだ。お前達も早く人間の毒になるように勉強しろ」と大声でわめき立てました。  

これを聞いた他の連中は皆理屈に負けて「成る程、毒にさえなればこわい事はない」と思う者さえありました。  

そのうちに夜があけて茸狩りの人が来たようですから、皆は本当に毒茸のいう通り毒があるがよいか、ないがよいか、試験してみる事にしてわかれました。  

茸狩りに来たのは、どこかのお父さんとお母さんと姉さんと坊ちゃんでしたが、ここへ来ると皆大喜びで、「もはやこんなに茸はあるまいと思っていたが、いろいろの茸がずいぶん沢山ある」

「あれ、お前のようにむやみに取っては駄目よ。こわさないように大切に取らなくては」

「小さな茸は残してお置きよ。かわいそうだから」

「ヤアあすこにも。ホラここにも」 と大変な騒ぎです。  

そのうちにお父さんは気が付いて、「オイオイみんな気を付けろ。ここに毒茸が固まって生えているぞ。よくおぼえておけ。こんなのはみんな毒茸だ。取って食べたら死んでしまうぞ」とおっしゃいました。茸共は、成る程毒茸はえらいものだと思いました。

毒茸も「それ見ろ」と威張っておりました。  

処が、あらかた茸を取ってしまってお父さんが、「さあ行こう」 と言われますと、

姉さんと坊ちゃんが立ち止まって、

「まあ、毒茸はみんな憎らしい恰好をしている事ねえ」

「ウン、僕が征伐してやろう」

といううちに、片っ端から毒茸共は大きいのも小さいのも根本まで木っ葉微塵に踏み潰されてしまいました。





#15「吾輩は猫である」 夏目漱石 作 / 読み手:川野裕満子 / 2020年10月9日 / 青空文庫より

 吾輩は猫である。名前はまだない。どこで生まれたかとんと見当がつかぬ。なんでもうす暗いじめじめしたところでニャーニャーないていたことだけは記憶している。吾輩はここではじめて人間というものを見た。しかもあとで聞くとそれは書生という人間中でいちばん獰悪な種族であったそうだ。この書生というのはときどきわれわれをつかまえて煮て食うという話である。しかしその当時はなんという考えもなかったからべつだんおそろしいとも思わなかった。ただ彼のてのひらにのせられてスーと持ち上げられたときなんだかフワフワした感じがあったばかりである。手のひらの上で少し落ち着いて書生の顔を見たのが、いわゆる人間というものの見はじめであろう。このときみょうなものだと思った感じがいまでものこっている。だいいち毛をもって装飾されべきはずの顔がつるつるしてまるでやかんだ。その後猫にもだいぶ逢ったがこんな片輪には一度も出くわしたことがない。のみならず顔のまん中があまりに突起している。そうしてその穴の中からときどきぷうぷうとけむりをふく。どうもむせぽくてじつによわった。これが人間の飲むたばこというものであることはようやくこのごろ知った。

 この書生のてのひらのうちでしばらくはよい心持ちにすわっておったが、しばらくするとひじょうな速力で運転しはじめた。書生がうごくのか自分だけがうごくのかわからないがむやみに眼がまわる。胸がわるくなる。とうてい助からないと思っていると、どさりと音がして眼けら火がでた。それまでは記憶しているがあとはなんのことやらいくら考えだそうとしてもわからない。

 ふと気がついてみると書生はいない。たくさんおった兄弟が一ぴきも見えぬ。肝心の母親さえすがたをかくしてしまった。そのうえいままでのところとちがってむやみに明るい。眼をあいていられぬぐらいだ。はてななんでもようすがおかしいと、のそのそはいだしてみるとひじょうにいたい。吾輩はわらの上からきゅうに笹原の中へ捨てられたのである。

 ようやくの思いで笹原をはいだすと向こうに大きな池がある。吾輩は池ノ前にすわってどうしたらよかろうと考えてみた。べつにこれという分別もでない。しばらくしてないたら書生がまたむかいにきてくれるかと考えついた。ニャー、ニャーとこころみにやってみたがだれもこない。

 そのうち池の上をさらさらと風がわたって日がくれかかる。腹がひじょうにへってきた。なきたくても声がでない。どうもひじょうに苦しい。そこをがまんしてむりやりにはってゆくとようやくのことでなんとなく人間くさいところへでた。ここへはいったら、どうにかなると思って竹垣のくずれた穴から、とある邸内にもぐりこんだ。縁はふしぎなもので、もしこの竹垣がやぶれていなかったなら、吾輩はついに路傍に餓死したかもしれんのである。一樹の陰とはよくいったものだ。さて屋敷へはしのびこんだもののこれからさきどうしていいかわからない。そのうちに暗くなる。腹はへる。寒さは寒し、雨がふってくるという始末でもう一刻もゆうよができなくなった。しかたがないからとにかく明るくてあたたかそうなほうへほうへとあるいてゆく。今から考えるとそのときはすでに家の内にはいっておったのだ。ここで吾輩はかの書生以外の人間をふたたび見るべき機会に遭遇したのである。第一に逢ったのがおさんである。これは前の書生よりいっそうらんぼうなほうで吾輩を見るやいなやいきなり首すじをつかんで表へほうりだした。吾輩はおさんのすきを見て台所へはいあがった。するとまもなくまた投げ出された。吾輩は投げ出されてははいあがり、はい上がっては投げ出され、なんでも同じことを四、五へんくりかえしたのを記憶している。そのときにおさんという者はつくづくいやになった。吾輩が最後につまみだされようとしたときに、この家の主人がそうぞうしいなんだといいながらでてきた。下女は吾輩をぶらさげて主人のほうへむけてこの宿なしの小猫がいくらだしてもだしてもお台所へあがってきてこまりますという。主人は鼻の下の黒い毛をひねりながら吾輩の顔をしぽらくながめておったが、やがてそんなら内へおいてやれといったままおくへはいってしまった。主人はあまり口をきかぬ人と見えた。下女はくやしそうに吾輩を台所へほうりだした。かくして吾輩はついにこの家を自分の住家ときめることにしたのである。





#14「先生、わたしね、~言えなかったこと~」 深美真里 作 / 読み手:人美 / 2020年9月25日 / 作者掲載許可済み

●先生、わたしね、 ~言えなかったこと~  深美真里作 / 作者掲載許可済み

十年ぶりのクラス会だった。

最初の店で皆で賑やかに飲み食いした後、二次会に向かう道中私は先生と二人並び、なぜか先生はとても小さく私は偉そうに右手を先生の肩にのせて歩いていた。スーツ姿の先生とパーカーを着た私、二人共真っ直ぐ前を見ていた。

「先生、私、子育て頑張ったよ」

おもむろに言うと

「うん。いい子達やと思うよ」

先生はクールに答えて前を向いたまま歩いていた。

違う。子供達の自慢をしたいんじゃない。

伝えたい事をきちんと話さなければと、

「私ね…。私、自分の人生を反面教師にした」

そう言うと先生の表情が一瞬変わり、私の顔を優しい眼差しで覗き込みパーカーのフードを左手でかぶせてその手を頭に乗せたまま話の続きを待ってくれた。

「自分も…」

と、声を出した途端涙が出てうまく喋れず、一生懸命に声を出そうとしたところで自分の声で目が覚めた。

そう。これは夢。

先生は去年の秋、他界された。

「自分も、自分が育った環境も反面教師」そう続けたかった。

 

高校時代、家庭内の不和で私は少し荒んでいた。特別悪い事をした記憶もないが、一部の教師との関係が悪かったこともあり心が尖っていた。先生には心配も迷惑もかけた。

先生の中での私は少しひねくれた可愛げのない子だったのではないかと思う。

そんな自分自身をよくわかってて大嫌いだったから、卒業してからは変わろうと努力した。自分の人生は自分のもの、自分で幸せん掴んでいくと。

これまでに出会った素敵な人をお手本に、尊敬すべき方の言葉を心に刻み、その時その時を楽しみながら後悔しないようにと歩いてきた。

先生には高校の時からずっと、ごめんなさいも言えてないし、褒めて貰ったた記憶もなかったから。「頑張ったな。偉かったな」って言ってほしかったのかもしれない。

言い残したまま夢は覚めてしまったけど、先生の左手の温もりが現実味をおびて頭の上に残っている。

自分の人生を反面教師にと言った私の気持ちを先生は一瞬でわかってくれて、ちゃんと応えてくれたのかなとその温もりが教えてくれている気がした。

 

今までも、これからも、反面教師にしなければいけない自分もたくさんあると思うけど、昔と違い今は、私は私が大好きです。

先生、逢いに来て下さって、ありがとうございました。





#13「2平方メートルの世界で」 前田海音 作 / 読み手:チコ / 2020年9月11日 / 作者掲載許可済み

※第11回2019年度 子どもノンフィクション文学賞 小学生の部 大賞受賞作品

 

 病室のベッドの大きさは縦約二メートル、幅約一メー トル。その周りをぐるりと囲うカーテンの中が入院中の 私の世界の全てで、寝る、食べる、遊ぶ、勉強するなど だいたいのことはカプセルみたいな空間ですます。この中にいると、一日の時間の流れも家や学校ですごしているのとはちがう気がするし、夏の暑さや冬の寒さも遠い ものに感じる。ふしぎな空間だ。

 ここで私は色んなことを見たり、聞いたり、感じたりする。

 私が年に何度か入院する大学病院の小児科は北海道内 のあちこちから入院してくる子供でいつもいっぱいだ。例えば札幌にある、この病院に、道東にある羅臼町という町から入院するとしたら、車で481キロのきょりを移動することになる。400キロがどのくらいのきょりかというと東京から岩手県や兵庫県くらいあるはずだ。小学二年生までの子供が入院すると家族の誰かが付き添うのがこの病院の決まりなので、家族の住まいはバラバラになる。特に北海道は冬になるとJRなどの交通きかんが乱れたり、車も安全運転が難しくなったりして、ただでさえ辛い入院というイベントが家族みんなに負担をかける。私は札幌に住んでいるので、例えば、「あのお気に入りのお人形もってきて!」などとお願いすればだいたいその日のうちに願いが叶うように、家族が来院することはそれほど難しくない。それでも母が私に付きそっていて、父も仕事で家にいない時は、3才上の兄は、一人で身の回りのことをして登校したり、いつもどおりの生活を送らなければいけない。やはり、私が入院することで家族の生活に、様様なえいきょうを与えている。私はそれを申し訳なく思うことを兄に伝えると、

「別に。しょうがないじゃん。」と、言う。しかたない。そうかもしれない。でも私は一人でご飯を食べて、寝て、 ドアにカギをかけて登校する兄を想うと、やっぱりごめんなさい。と思う。

 小児科と、ひとくくりにはしているけれど、1. 血液、しゅよう 2.神経、筋 3.じんぞう 4.かんせんしょう 5.内分ぴつ 6.こころと発達 7.じゅんかんき 8.生活しゅうかん病  9.リウマチ、こうげん病などに分かれていて、たくさんの先生方がしんりょうにあたっている。私は、2のチー ムの先生がたに、みていただいている。毎月の外来受しんと年に数回の入院で治りょうのこうかを判断して、今後の治りょう方しんを決めることを三才から続けている。長期入院になる事はほとんどないので、同室のかんじゃさんと話したりする事はほとんどない。入院で辛い事の中には「こどく感」もある。

 病気の説明を受ける時はだいたい私も母といっしょに聞く。むずかしくてわからない部分もあるけど、私の病気は発作がとてもわかりづらくて薬があまりこうかてきではないこと。たぶん一生病気とは付き合わなくてはならないこと。は理解している。それでも私は検査をするたびに「もしかしたらきせきがおこるかも。」と期待をしてしまう。例えば、かくいがく検査というものがあり、ほうしゃせんを出すぶっしつをちゅうしゃした後一時間くらい待って検査をするのだが、その待ち時間はひばくをさけるため私はだれにも近づけず、一人イスにすわってすごさなければならない。とうめいなかべのむこうには心配そうに私を見つめる母がいるけれど、お互い近づくことはできない。痛みをがまんしなくてはならない検査ではないけれど、こどく感で泣きたくなる。でも、周 りの目もあるし、もっとつらい検査をしている子供たちも知ってるから、泣けない。なので、こんなに切ない気持ちを味わっているのだから、もしかしたら「薬がきいてるみたいだよ!」とか、

「きせきです!海音ちゃんの検査結果、全て異常ありませんよ!」

 みたいなことが起こらないかな?と思う。でも今のところその願いは叶うことはない。検査後の先生方の顔を見たら、だいたい予想はつくようになった。

 どうして私だけ、とは思わない。病とうには多くの子供たちが入院していて、それぞれが闘っていることは何回か入院をすれば気づくことだ。ここでなければできないせんもんてきな治りょうをするために大学病院にいることも。何か悪いことをしたから病気になったわけでもないし、理由を探してもしかたがない。夜中、看護師さんや先生たちがパタパタと静かに、でもいっこくを争うように動いている気配を感じることがある。もしかしたらなんで、どうしてと考える時間もあまり残されていないのかもしれないとこわくなる。

 たまたま私だった。そうなっとくしているつもりでも、つらい検査や検査のための行動せいげんとかぜっ食や、朝ご飯が今日もご飯、みそしる、タマネギスライスだけだったことや、今ごろ学校ではみんな何をしているのだろうとか考え始めると、この気持ちをどうしたら良いのか分からなくて、なげやりな私になってしまう。

 きっと私は発作がある限り修学旅行などにも行けない。みんなが当たり前にけいけんしていくことも、

「海音ちゃんはやめておこうね、体が大切だからね。」 と、やさしい、けれど強い言葉で、自分は病気だから、みんなのようには選べないことをいやというほど思い知らされるのだろう。悲しいというよりも、自分がみんなのいる場所とはちがう所にいるのだと思わされて、あきらめるってこういうことなのだ、と、静かな気持ちになるのだ。

「もういや!」

「一日で良いから、薬を飲まなくて良い日を下さい!」

 たくさんの言葉を私は飲みこむ。口に出してもまわりを困らせるだけ。私だけじゃない。私の入院のために休みをもらわなければならない母も、仕事が忙しくてあまり面会に来られない父も、一人ですごさなければいけない兄も、みんな言葉を飲みこんでいる。本当の気持ちを言ってしまったら、きっとお互い傷つくし、もうがんばれなくなる気がして、口を閉ざす。

 その日も検査を待っていた私は、いつものようにベッドに横になっていた。週に一回のシーツこうかんの前の日あたりになると私の体の形にシワがよって、しめった感じになって、気持ちよくない。私はふだんと頭の向きを逆にしてねてみようと思いついた。ごろんと体の向きを変えた時ベッドにまたがるオーバーテーブルのうらが見えて、それが目にとびこんできた。私の目はそうとう丸くなったと思う。そこにはびっしとりたくさんのよせがきのような言葉が色とりどりのえんぴつやペンで書きこまれていたのだ。

「ようやく退院できるよ!十六ヶ月、長かった!」

「→おめでとう!」

「みんながんばろうね」

「何でも食べられるようになりたいよー!」 

「納豆とか!」

「再手術。サイテー」

「→ファイト!」

「ママにめいわくかけちゃってる。ごめんね。」

「けんこうになりたいね」

 テーブルに落書きすることはもちろんルールいはんだ。よく見つかって消されなかったなぁ、と思った。基本的に、入院中はベッドやテーブルは同じものを使い続ける。退院や転科のタイミングでそうじされた後に次の人が使うから、この言葉を送りあっている人たちは、会ったことのない人同士だ。時間をこえてお互いの言葉に返事をする。どこに住んでいるのかも、今はどうしているのかもわからないだれかの言葉。言いたいけど言えなかったり、むねにしまってた言葉。この二平方メートルの世界で、同じテーブルを使ってすごしたたくさんの誰かが確かにここに居て、私に語りかけてくれた。ひとりじゃないよって。病気のことでは泣かないって決めてたけど、なみだが出た。

 病気は苦しい。できればない方がいいと思う。

「その苦しみにたえられるからえらばれたんだよ。」 と言われたことがあったけど、えらばないでくださいと思った。病気は不自由だし、めんどうが多い。ただ、げんじつ私は病気と生きていかなくてはならないようで、その人生で知ったことを、知らないだれかに伝えなくてはならないのかもしれないなあ、と思う。病気の子供たちのかすかな声を私は聞いた。そして、そのことを文字にできるくらいには、私は元気で自由だ。

 病気がある私のような子供が、しょう来にゆめを持つことや、自分に出来ることを見つけることはとてもむずかしい。しかし、明日のことはだれにもわからないことは病気があってもなくても変わらないことは知っている。 一日一日、いっしゅん感じたり見たり聞いたりすることを大切にすること。生きていることのすばらしさは気づかないことが多いからようじんした方がよいことも、私は知っている。

 来年、私は長期入院をひかえている。二平方メートルの世界でまた私らしく生きていく。オーバーテーブルに言葉はきざめない分、心に言葉をきざみこむ。それがだ れかに届くかもしれないから。





#12「時」 寺内隆 作 / 読み手:川野裕満子 / 2020年8月28日 / 作者掲載許可済み

時が強く季節を動かす

今、きらめく夏が来た!

寒く、暖かく、暑く、、

季節が空気を送り込んでいく

朝から力強く鳴く蝉の声

鮮やかな草の緑

虫も鳥も植物も

それぞれに、強くたくましく 生きている

やがて、時が流れ、、

時の流れを感じながら

精一杯に 夏を 生きる!





#11「ちいちゃんのかげおくり」より あまんきみこ 作 / 読み手:川野裕満子 / 2020年8月14日 / 作者よりご了承

「かげおくり」って遊びを 教えてくれたのは お父さんでした。

出征する前の日、お父さんは ちいちゃん お兄ちゃん お母さんを連れて、先祖の墓参りに行きました。

その帰り道 青い空を見上げたお父さんがつぶやきました。

「かげおくりのよくできそうな空だなあ。」

「かげおくりって、なあに?」とちいちゃんが尋ねました。

「十数を数える間、かげぼうしをじっと見つめるのさ。十と言ったら、空を見上げる。するとかげぼうしがそっくり空に映って見える。」とお父さんが説明しました。

「ねぇ、今みんなでやってみましょうよ。」お母さんが言いました。

四人は、手をつなぎました。そしてみんなでかげぼうしに目を落としました。

「ひとつ、ふたつ、みっつ」お父さんが数えだしました。

「よっつ、いつつ、むっつ」お母さんの声も重なりました。

「ななあつ、やっつ、ここのつ」ちいちゃんとお兄ちゃんも一緒に数えだしました。

「とお。」

すると、白い4つのかげぼうしが、すうっと空に上がりました。

「すごーい」とちいちゃんは言いました。

「今日の記念写真だなぁ」とお父さんが言いました。

 

次の日、お父さんは日の丸の旗に送られて、列車に乗りました。

「身体の弱いお父さんまでいくさに行かなければならないなんて。」お母さんがポツンと言ったのが、ちいちゃんの耳には聞こえました。

ちいちゃんとお兄ちゃんは、かげおくりをして遊ぶようになりました。けれど、いくさが激しくなってかげおくりなど出来なくなりました。この町の空にも焼夷弾や爆弾を積んだ飛行機が飛んでくるようになりました。

 

夏の初めのある夜、空襲警報のサイレンでちいちゃんたちは、目が覚めました。

「さあ、急いで」

お母さんの声。

外に出ると、もう赤い炎があちこちにあがっていました。

お母さんはちいちゃんとお兄ちゃんを両手に繋いで走りました。

火がまわってくるぞ。」「川の方に逃げるんだ。」誰かが叫んでいます。

炎の渦が追いかけてきます。

お母さんは、ちいちゃんを抱き上げて走りました。

「お兄ちゃん、はぐれちゃだめよ。」

お兄ちゃんが転びました。足から血が出ています。ひどい怪我です。お母さんはお兄ちゃんをおんぶしました。「さあ、ちいちゃん、母さんとしっかり走るのよ。」

けれど、、沢山の人に追い抜かれたり、ぶつかったり。

ちいちゃんは、お母さんとはぐれてしまいました。

ちいちゃんはひとりぼっちになってしまいました。

 


その夜、ちいちゃんは雑嚢の中に入れてあるほしいいを少し食べました。そして壊れかかった暗い防空壕の中で眠りました。

明るい光が顔に当たって、目が覚めました。

「まぶしいなぁ」

ちいちゃんは暑いような寒いような気がしました。ひどく喉が渇いてきます。いつの間にか太陽は、高く上がっていました。

「かげおくりのよくできそうな空だなあ。」と言うお父さんの声が青い空から降ってきました。

「ねぇ、今みんなでやってみましょうよ」と言うお母さんの声も青い空から降ってきました。ちいちゃんは、ふらふらする足を踏みしめて立ち上がると、たったひとつのかげぼうしを見つめながら数えだしました。

「ひとつ、ふたつ、みっつ」いつの間にかお父さんの低い声が重なって聞こえ出しました。

「よっつ、いつつ、むっつ」お母さんの高い声もそれに重なって聞こえ出しました。

「ななあつ、やっつ、ここのつ」お兄ちゃんの笑いそうな声も重なってきました。

「とお。」

ちいちゃんが空を見上げると、青い空にくっきりと白いかげが4つ。

「お父ちゃん」ちいちゃんは呼びました。

「お母ちゃん、お兄ちゃん」

その時、身体がすうっと透き通って空に吸い込まれていくのが分かりました。

一面の空の色。ちいちゃんは、空色の花畑の中に立っていました。見回しても見回しても、花畑。

「きっと、ここ、空の上よ。」とちいちゃんは思いました。

「ああ、あたし、お腹がすいて軽くなったから浮いたのね。」

その時向こうから、お父さんとお母さんとお兄ちゃんが笑いながら歩いて来るのが見えました。

「なあんだ、みんなこんなところにいたから、来なかったのね」

ちいちゃんはキラキラ笑い出しました。笑いながら花畑の中を走り出しました。

 

夏の初めのある朝

こうして小さな女の子の命が、空に。消えました。

それから何十年

町には前よりもいっぱい家が建っています。ちいちゃんがひとりでかげおくりをしたところは、小さな公園になっています。

青い空の下、今日もお兄ちゃんやちいちゃんぐらいの子供達が、キラキラ笑い声をあげて、遊んでいます。





#10 見えますか?、私」 水城ゆう  / 読み手:人美 / 2020年7月24日 / 水色文庫より

なにかの物音で目がさめた。

ぐっすり眠っていたように思う。

前の日、思い出せないが、なにか大変なことがあってとても身体が疲れていた。

でも意識ははっきりしていた。

なんの物音だったのかと耳をすましていると、また聞こえた。

物がこすれたり移動したりする音、カタンという小さな音。

横になったまま音がしたほうに目をこらしてみる。

暗くてよく見えない。なんだろう。 だれかいるのだろうか。でも、そんな気配はない。

ひとり暮らしのこの部屋にだれかがはいってきたらすぐにわかるだろうし、たしかにドアはロックしてある。

何時ごろだろう。夜明けまでにはまだありそうだ。

ベッドの横のカーテンを少しあけてみた。

街灯の明かりが差しこんできて、部屋のようすがぼんやりとわかった。

音がしたほうに目をこらす。そちらには低いたんすがあり、上にはぬいぐるみや写真が立ててある。 じっと見ていたが、なにも起こらない。

もう一度寝直そうと、カーテンを閉めかけたそのとき、視線をはずしかけた目のすみでなにかが動いた。

たんすの上の写真立てが倒れて伏せた形になったが、まるでだれかの見えない手がそうしたみたいにすっと持ちあがり、立ったのだ。

その日から不気味なことが次々に起きはじめた。

開けてあったカーテンが勝手に閉まった。めくれていたベッドカバーが元に戻った。

それは夜だけではなかった。

休日の昼間、部屋にいるときにも起こった。

いまも私の目の前で不思議なことが起きている。

机の上に置いたコップが動いている。

机の端から床に落ちる、と思ったら、すーっと持ちあがった。キッチンのあるほうに浮遊していく。

私はついにこらえきれなくて悲鳴をあげた。

気を失っていたのかもしれない。

どのくらいの時間がたったのか、気がつくと人の声がしていた。

 「あの子、本当に不憫で・・・結婚式ももうすぐだったのに。ひろひこさんには気の毒なことをしました」 ママの声だった。

でも、声のするほうにはだれもいない。空耳?

 「おれもくやしいです」 聞いたことのある男の声だった。

ひろひこさん? だれだっけ? その声はなんだかとても懐かしい感じがする。

 「あの子が事故で亡くなってもうすぐ四十九日ね。でもまだこの部屋にいるような気がするのよ。だから昼でも夜でもこうやってここに来てみるの。あの子のことを感じたくて……

ママ、わたし、ここにいるよ。なんでママが見えないの? ママも私のことが見えないの?

事故ってなに?ひょっとして、私……死んじゃってるの? だからママのことが見えないの? 

いまこうやってみなさんに話をしている私。 見えますか?  





#9 夕陽ヶ丘の青いベンチ」 シマリス  / 読み手:人美 / 2020年7月10日 / 星空文庫より

夕陽ヶ丘の青ベンチに座る独りの老人。

長い白髪に深いシワのある顔。

そして組んだ両手のゴツゴツ感。

それは永い人生を過ごして来た証。

老人は丘の上から遠くの水平線に沈む夕日を見ている。

いくぶん微笑んでいるようにも見える横顔。

彼はどんな人生を送って来たのだろうか……

遠くの沖合いを静かに進む大型客船。

ボォーツ ボォーツ……

過ぎ行く時を惜しむかのように鳴いている。

 

小学生の子供たちが、数人、丘の上に駆け上がってきた。

滑り台やシーソー、砂場等で楽しそうに走り回っている。

老人は、ふと腰を上げて砂場で何やら光るものを拾った。

子供たちの周りを見回すようにして、しゃがんでは何かを拾っている。

それから自分のコートのポケットに光るものを入れると、また青ベンチへと戻って行った。

一人の女の子が老人に近寄り訊ねた。

「おじいちゃん……

さっき、何を拾ってたの?」

老人は優しく微笑んで女の子に答えた。

「宝物だよ」

それを聞くと少女は満面の笑顔で友達の方へ戻って行った。

少女は頻りに、砂場やシーソー、滑り台の周りを歩き回っていた。

「何をしてるの?」

数人の友達が少女に訊ねた。

「宝物を探しているの

少女は笑顔で答えた。

「そんなの落ちてる分けないじゃん!」

友達は声を揃えて笑い出した。

それでも少女は諦めずに探している。

やがて水平線に夕日が沈みかけた。

帰宅を急かす、子供たちの母親の声が聞こえる。

青ベンチに座っていた老人も腰を上げ歩き出した。

彼は丘の隅にある金網のカゴにポケットから光るものを取り出して、入れた。

少女は老人の姿が見えなくなったのを確認してから金網のカゴへ走り出した。

「きっと、あのおじいちゃんは、あそこに宝物を隠してるんだ……」

少女が金網のカゴを、のぞきこむと、そこには ……

ガラスの破片や缶ジュースのフタ、尖った小石が入っていた。

「これが、おじいちゃんの言っていた、宝物……

そっか

みんなが、ケガをしないよう、危ない物を拾ってくれていたんだ…」

すべての謎が溶けた少女の心は茜空のように、暖かな光で包まれていた。





#8 「しゃしんやさん」 小川未明 作 / 読み手:川野裕満子 / 2020年6月25日 / 青空文庫より

あつい 日でした。正ちゃんは あおぎりの 木の 下で、すべりだいに のって あそんで いました。

そこへ、かみの ながい しゃしんやさんが はいって きて、
「ひとつ うつさせて くださいませんか。」
と たのみました。この しゃしんやさんは きかいを さげて、ごようを ききに あるくのです。
「子どもを とって もらいましょうか。」
と、おかあさんは おっしゃいました。
「かしこまりました。」
しゃしんやさんは、正ちゃんを すべりだいの 上へ かけさせ、おねえさんに ランドセルを しょわせて、下へ たたせました。
おねえさんは 小学一年生です。
「ぼっちゃん、お口を ふさいで。」
と、しゃしんやさんが いいますと、正ちゃんは、ああんと 口を あけました。
「ぼっちゃん、いい 子ですから、わらって くださいね。」
と、しゃしんやさんが いいますと、正ちゃんは、したを ぺろりと だしました。
これを みて いた おともだちは、正ちゃんの わんぱくに あきれました。
「正ちゃん ごらんなさい、おねえちゃんは おぎょうぎが いいこと。」
と、おかあさんが おっしゃいました。
「いいえ、ぼっちゃんも おぎょうぎが よろしいですよ。さあ、うつしますから。」
と、しゃしんやさんが うつそうと しました。
すると、正ちゃんは するすると すべりだいを すべりました。しゃしんやさんは こまって しまいました。
「この つぎに しましょうか。」
と、おかあさんは おっしゃいました。
かんがえて いた しゃしんやさんは、すっかり うつす よういを してから、
「さあ、おじょうさんも ぼっちゃんも、ようく おかあさんの おかおを ごらんなさい。」
と いいました。
ふたりは、やさしい おかあさんの おかおを みました。かたときも わすれない おかあさんだからです。
その とたん、パチンと 音が して、
「よく とれました。」
と、しゃしんやさんは あいさつを いたしました。





#7 「いいね!」 寺内隆 作 / 読み手:川野裕満子 / 2020年6月25日 / 作者よりご了承

いいね   あなたのそこがいいね

前向きに あなたのままで歩いてる
でこぼこ道 くねった道  
あわてず ゆっくり
それが  あなたの人生

いいね  あなたの そこが
いいね
何にでも チャレンジしようとする 心
失敗しても 壁にぶつかっても あきらめず
何度でも
それが あなたの人生

いいね  あなたのそこが
いいね
あなたと一緒にいたら
ホッとする
いつも幸せな気持ちにさせてくれる
飾らず 自然体で
それが  あなた

そんなあなたを
私は 大好きだよ
あなたの人生に
ずっーと かかわっていたいな





#6 「男心とはかうしたもの 女のえらさと違う偉さ」 岡本かの子 作 / 読み手:チコ / 2020年6月12日 / 青空文庫より

 結婚前は、男子に対する観察などいつても、甚だ漠然としたもので、寧ろこの時代には、男とも、女とも意識しなかつた位です。 

 それが結婚して、やうやく男子に対する自覚が出来、初めて男といふものが解つた時、私の感じたのは、男子といふものは事業慾が強くて、一般に利己主義なものだと思ひました。

 然しかうした考へは、まだ充分に男子といふものが解つてゐない。つまり観察の一段階に過ぎなかつたもので、それから立ち直つて考へて、だん/\男といふものが解つた気もちになつた時、尊敬の念が起るやうになりました。つまり一段階に於いて感じた男子の利己主義も、それをつぐなつて余りあるだけの男の偉さを、第二段に於いて感ずるやうになつたのです。結局私は此頃男子に対して尊敬してをりますが、然しそれかと云つて、女が偉くないといふ意味ではなく、又男子に盲従しようといふ尊敬のしかたでは勿論ないのです。唯女の偉さと違ふ秀れた偉さを男は持つてゐるといふことであつて、女が例へ自分が偉いと思ふ自覚をもつてでも、どこまでも男は尊敬してゆきたいと私は思ふのです。

 

 そんならどこが男の秀れた偉さかと聞かれると、一寸説明がしにくいのですが、結局いろんな点から云つて男は大きくて力があります。つまり生命力が男は女とちがつた意味で豊富だと思ひます。気持ちの上にも余裕があつて、例へば男には憂鬱があつても女ほどヒステリツクなところがありません。女の世界を見るやうに陰険さがありません、女より慈悲があります、技術とか才とかいふ方面は兎も角として、細かに観察すると、たしかに男は女よりもやさしい性情を持つてゐると思ひます。これは男の全体がそうだといふことは云へないかもしれませんが、私たちの社会から観察してたしかにかういふ点で尊敬すべき点を男子に見出すことが出来ます。これは女と対照して考へるのではありませんが、転じては比較になるかしれません。女同士の小心さや不愉快など経験して、此頃は男の偉さといふものに対して尊敬する気持ちになつて居ります。

 





#5 「あめくん」村山籌子 作 / 読み手:チコ / 2020年6月12日 / 青空文庫より

「シト シト シト シト」

と ちいさな おとをさせて あめくんが やつてきました。

「スル スル スル」

とじどうしやが はしつてきましたが、あめくんに であふと すつかり ぬれてしまひました。

「パカ パカ パカ」

と おうまが かけてきましたが、やつぱり あめくんに であふと びつしより ぬれてしまひました。「おもしろい おもしろい」

と あめくんは おほよろこびで、こんどは すこし おほきな おとで ふりはじめました。

「ビチヤ ビチヤ ビチヤ ビチヤ」

すると こんどは おとこのこが あまがつぱをきて かさをさして、やつてきました。

あめくんは かさと あまがつぱのために どうしても そのおとこのこを ぬらすことができません。

「ザア ザア ザア」

おこつた あめくんは、ちからいつぱい ふりましたが、おとこのこは へいきで あるいてゆきます。

「ザア ザア ザア」

あめくんが あとをついてゆくと、おとこのこは うちのなかへ はいつてしまひました。

「おかあさん、ひどいあめですよ」

と おとこのこ の こゑが きこえました。

「ピチヤリ ピチヤリ ピチヤリ」

と あめくんは ガラスまどを たたきました。

あまがつぱを ぬいだ おとこのこ と ちひさな おんなのこが ガラスまどの ところへきて いひました。

「あめくん、こんにちは」

おこつてゐる あめくんは へんじをしないで ただガラスまどを たたきました。

「ピチヤリ ピチヤリ ピチヤリ」

「こんにちは。ごくらうさま。きみはどこからきたの」

と おとこのこが いひました。

「とほい にしのはうから。ピチヤリ ピチヤリ」

と あめくんが こたへました。

「ごきげんよう。おやすみなさい」

と ちひさなおんなのこが いひました。

あめくんは きげんが なほつたので

「おやすみ」

と いつて、やねのうへで、あさまで

「シト シト ピチヤ ピチヤ」

と しづかに うたを うたつて、あさになると とほくのひがしのはうに いつてしまひました。





#4 「すみれ」北條民雄作 / 読み手:人美 / 20205月22日 / 青空文庫より

 昼でも暗いような深い山奥で、音吉じいさんは暮して居りました。三年ばかり前に、おばあさんが亡くなったので、じいさんはたった一人ぼっちでした。じいさんには今年二十になる息子が、一人ありますけれども、遠く離れた町へ働きに出て居りますので、時々手紙の便りがあるくらいなもので、顔を見ることも出来ません。じいさんはほんとうに侘しいその日その日を送って居りました。

 こんな人里はなれた山の中ですから、通る人もなく、昼間でも時々ふくろうの声が聞えたりする程でした。取り分け淋しいのは、お日様がとっぷりと西のお山に沈んでしまって、真っ黒い風が木の葉を鳴かせる暗い夜です。じいさんがじっと囲炉裏の横に坐っていると、遠くの峠のあたりから、ぞうっと肌が寒くなるような狼の声が聞えて来たりするのでした。

 そんな時じいさんは、静かに、囲炉裏に掌をかざしながら、亡くなったおばあさんのことや、遠い町にいる息子のことを考えては、たった一人の自分が、悲しくなるのでした。

 おばあさんが生きていた時分は、二人で息子のことを語り合って、お互に慰め合うことも出来ましたけれど、今ではそれも出来ませんでした。

 来る日も来る日も何の楽しみもない淋しい日ばかりで、じいさんはだんだん山の中に住むのが嫌になって来ました。

「ああ嫌だ嫌だ。もうこんな一人ぼっちの暮しは嫌になった。」

 そう言っては今まで何よりも好きであった仕事にも手がつかないのでした。

 そして、或日のこと、じいさんは膝をたたきながら

「そうだ! そうだ! わしは町へ行こう。町には電車だって汽車だって、まだ見たこともない自動車だってあるんだ。それから舌のとろけるような、おいしいお菓子だってあるに違いない。そうだそうだ! 町の息子の所へ行こう。」

 じいさんはそう決心しました。

「こんなすてきなことに、わしはどうして、今まで気がつかなかったのだろう。」

 そう言いながら、じいさんは早速町へ行く支度に取りかかりました。ところが、その時庭の片すみで、しょんぼりと咲いている、小さなすみれの花がじいさんの眼に映りました。

「おや。」

 と言ってすみれの側へ近よって見ると、それは、ほんとうに小さくて、淋しそうでしたが、その可愛い花びらは、澄み切った空のように青くて、宝石のような美しさです。

「ふうむ。わしはこの年になるまで、こんな綺麗なすみれは見たことはない。」

 と思わず感嘆しました。けれど、それが余り淋しそうなので、

「すみれ、すみれ、お前はどうしてそんなに淋しそうにしているのかね。」

 と尋ねました。

 すみれは、黙ってなんにも答えませんでした。

 その翌日、じいさんは、いよいよ町へ出発しようと思って、わらじを履いている時、ふと昨日のすみれを思い出しました。

 すみれは、やっぱり昨日のように、淋し気に咲いて居ります。じいさんは考えました。

「わしが町へ行ってしまったら、このすみれはどんなに淋しがるだろう。こんな小さな体で、一生懸命に咲いているのに。」

 そう思うと、じいさんはどうしても町へ出かけることが出来ませんでした。

 そしてその翌日もその次の日も、じいさんはすみれのことを思い出してどうしても出発することが出来ませんでした。

「わしが町へ出てしまったら、すみれは一晩で枯れてしまうに違いない。」

 じいさんはそういうことを考えては、町へ行く日を一日一日伸ばして居りました。

 そして、毎日すみれの所へ行っては、水をかけてやったり、こやしをやったりしました。その度にすみれは、うれしそうにほほ笑んで

「ありがとう、ありがとう。」

 とじいさんにお礼を言うのでした。

 すみれはますます美しく、清く咲き続けました。じいさんも、すみれを見ている間は、町へ行くことも忘れてしまうようになりました。

 或日のこと、じいさんは

「お前は、そんなに美しいのに、誰も見てくれないこんな山の中に生れて、さぞ悲しいことだろう。」

 と言うと

「いいえ。」

 とすみれは答えました。

「お前は、歩くことも動くことも出来なくて、なんにも面白いことはないだろう。」

 と尋ねると

「いいえ。」

 と又答えるのでした。

「どうしてだろう。」

 と、じいさんが不思議そうに首をひねって考えこむと

「わたしはほんとうに、毎日、楽しい日ばかりですの。」

「体はこんなに小さいし、歩くことも動くことも出来ません。けれど体がどんなに小さくても、あの広い広い青空も、そこを流れて行く白い雲も、それから毎晩砂金のように光る美しいお星様も、みんな見えます。こんな小さな体で、あんな大きなお空が、どうして見えるのでしょう。わたしは、もうそのことだけでも、誰よりも幸福なのです。」

「ふうむ。」

 とじいさんは、すみれの言菓を聞いて考え込みました。

「それから、誰も見てくれる人がなくても、わたしは一生懸命に、出来る限り美しく咲きたいの。どんな山の中でも、谷間でも、力一パイに咲き続けて、それからわたし枯れたいの。それだけがわたしの生きている務めです。」

 すみれは静かにそう語りました。だまって聞いていた音吉じいさんは

「ああ、なんというお前は利口な花なんだろう。そうだ、わしも、町へ行くのはやめにしよう。」

 じいさんは町へ行くのをやめて了いました。そしてすみれと一所に、すみ切った空を流れて行く綿のような雲を眺めました。

 





#3 「デンデンムシノカナシミ」新美南吉作 / 読み手:川野裕満子 / 20205月9日 / 青空文庫より

イツピキノ デンデンムシガ アリマシタ。

アル ヒ ソノ デンデンムシハ タイヘンナ コトニ キガ ツキマシタ。

「ワタシハ イママデ ウツカリシテ ヰタケレド、ワタシノ セナカノ カラノ ナカニハ カナシミガ イツパイ ツマツテ ヰルデハ ナイカ」

コノ カナシミハ ドウ シタラ ヨイデセウ。

デンデンムシハ オトモダチノ デンデンムシノ トコロニ ヤツテ イキマシタ。

「ワタシハ モウ イキテ ヰラレマセン」

ト ソノ デンデンムシハ オトモダチニ イヒマシタ。

「ナンデスカ」

ト オトモダチノ デンデンムシハ キキマシタ。

「ワタシハ ナント イフ フシアハセナ モノデセウ。ワタシノ セナカノ カラノ ナカニハ カナシミガ イツパイ ツマツテ ヰルノデス」

ト ハジメノ デンデンムシガ ハナシマシタ。

スルト オトモダチノ デンデンムシハ イヒマシタ。

「アナタバカリデハ アリマセン。ワタシノ セナカニモ カナシミハ イツパイデス。」

 

ソレヂヤ シカタナイト オモツテ、ハジメノ デンデンムシハ、ベツノ オトモダチノ トコロヘ イキマシタ。

スルト ソノ オトモダチモ イヒマシタ。

「アナタバカリヂヤ アリマセン。ワタシノ セナカニモ カナシミハ イツパイデス」

ソコデ、ハジメノ デンデンムシハ マタ ベツノ オトモダチノ トコロヘ イキマシタ。

カウシテ、オトモダチヲ ジユンジユンニ タヅネテ イキマシタガ、ドノ トモダチモ オナジ コトヲ イフノデ アリマシタ。

トウトウ ハジメノ デンデンムシハ キガ ツキマシタ。

「カナシミハ ダレデモ モツテ ヰルノダ。ワタシバカリデハ ナイノダ。ワタシハ ワタシノ カナシミヲ コラヘテ イカナキヤ ナラナイ」

ソシテ、コノ デンデンムシハ モウ、ナゲクノヲ ヤメタノデ アリマス。





2 「デンデンムシ」新美南吉作 / 読み手:チコ / 202052日 / 青空文庫より

大キナ デンデン蟲ノ セナカニ ウマレタバカリノ 小サナ デンデン蟲ガ ノツテ ヰマシタ。

小サナ 小サナ スキトホルヤウナ デンデン蟲デシタ。

「ボウヤ ボウヤ。モウ、アサダカラ、メヲ ダシナサイ。」ト、大キナ デンデン蟲ガ ヨビマシタ。

「アメハ フツテ ヰナイノ?」

「フツテ ヰナイヨ。」

「カゼハ フイテ ヰナイノ?」

「フイテ ヰナイヨ。」

「ホントウ?」

「ホントウヨ。」

「ソンナラ。」ト、ホソイ メヲ、アタマノ ウエニ ソーツト ダシマシタ。

「ボウヤノ アタマノ トコロニ 大キナ モノガ アルデセウ?」ト オカアサンガ キヽマシタ。

「ウン、コノ メニ シミル モノ コレ ナアニ」

「ミドリノ ハツパヨ。」

「ハツパ? イキテンノ」

「サウ、デモ ドウモ シヤ シナイカラ ダイヂヨウブ。」

「ア、カアチヤン、ハツパノ サキニ タマガ ヒカツテル」

「ソレハ アサツユツテ モノ。キレイデセウ」

「キレイダナア、キレイダナア、マンマルダナア。」

スルト、アサツユハ、ハノ サキカラ ピヨイト ハナレテ プツント ヂベタヘ オチテ シマヒマシタ。

「カアチヤン、アサツユガ ニゲテツチヤツタ。」

「オツコツタノヨ。」

「マタ ハツパノ トコヘ カヘツテ クルノ」

「モウ、キマセン。アサツユハ オツコチルト コハレテ シマフノヨ。」

「フーン、ツマンナイネ、ア、シロイ ハツパガ トンデ ユク」

「アレハ ハツパヂヤ ナイコト、テフテフヨ。」

テフテフハ、キノハノ アヒダヲ クグツテ ソラ タカク トンデ イキマシタ。テフテフガ ミエナク ナルト、コドモノ デンデン蟲ハ、

「アレ、ナアニ。ハツパト ハツパノ アヒダニ、トホク ミエル モノ。」ト キヽマシタ。

「ソラヨ」ト カアサンノ デンデン蟲ハ コタヘマシタ。

「ダレカ、ソラノ ナカニ ヰルノ?」

「サア、ソレハ カアサンモ シリマセン。」

「ソラノ ムカフニ ナニガ アルノ?」

「サア、ソレモ シリマセン。」

「フーン」小サイ デンデン蟲ハ、オカアサマデモ ワカラナイ フシギナ トホイ ソラヲ、ホソイ メヲ 一パイ ノバシテ イツマデモ ミテ ヰマシタ。





1  「お母さまは太陽」小川未明作 / 読み手:チコ / 202052日 / 青空文庫より

 「お母さんは、太陽だ。」ということが、私にはどうしてもわかりませんでした。そうしたら、よくもののわかった、やさしいおじいさんが、つぎのようなお話をしてくださいました。

 

 わしは、子供の時分、おおぜいの兄弟がありました。そして、みんなが、お母さんを大好きでした。みんなは、朝起きると、眠るときまで、楽しいことがあったといい、悲しいことがあったといい、「お母さん、お母さん……。」といいました。そして、お母さんの後ろについたものです。昼間がそうあったばかりでなしに、夜になって寝るときも、みんなは、お母さんのそばに寝たいといって、その場所を争いました。それで、お母さんを真ん中にして、四人の子供らが左右・前後に、輪になって休みました。みんなは、いずれも、お母さんの方に顔を向けて休んだのです。それは、ちょうど、草が、太陽の方を向いて花を開くのと同じだったのです。

 だれでもそうであるが、私たち兄弟・姉妹は、大きくなってから、いつまでもお母さんのそばにいっしょにいることができなかった。

 わしも、なつかしい、やさしいお母さんのそばを離れて、旅へ出るようになった。そうすると、子供のときのように、お母さんのそばで楽しく、平和に寝たように、眠ることができなかった。けれど、お母さんを慕う情はすこしも変わらなかったのです。

 「もう一度、ああした子供の時分に帰りたい。」と、思わないことがなかった。

 そしてまれに故郷へ帰って、お母さんを見ることは、どんなに楽しかったかしれません。遠く故郷を離れて、他国にいるときでも、いつもやさしいお母さんの幻を目に描いて、お母さんのそばにいるときのように、なつかしく思ったのでした。ちょうど、太陽が、雲に隠れていて見えなくても、花は、その方を向いて、太陽のありかを知ると同じようなものでありました。

 いま、わしの母は、もうこの地上には、どこを探しても見いだすことができない。そして、母はあの、夜というもののない天国へいって、じっと、自分の子供たちがどうして暮らしているかと見ていなさることと思っている。それで、わしは、この年寄りになっても、西の夕空を見るたびに、なつかしいお母さんの顔を目に思い浮かべるのです。

 これは、一人、わしばかり考えることでなく、わしの兄弟・姉妹が、みんな同じようなことを思っている……。お母さんが太陽だということは、これでもわかるでありましょう。

 

 これが、ものわかりのいい、人のいいおじいさんのお話でした。私にはよくその意味がわかった。また、みなさんが、草や、花なら、お母さんは、まさしく太陽であるといえるでありましょう。