『愛と平和と自由と多様性の種を蒔く / Seedfolks of Love, Peace, Freedom and Diversity

 

20203月、新型コロナウィルスの影響を世界中が受ける中で、毎日を健康に希望をもって生きていける知恵を出し合い、お互いへの思いやりを大切に、こころとからだを健やかに育て合っていく必要を実感します。

 

一人ひとりのメッセージやお話、仕事やライフワークについての志と実践、社会課題や地域課題への取り組み、家族や友人との繋がり、食や栄養や睡眠や運動についての情報、心を豊かにする芸術、写真や本や音楽や映画の紹介、国内外で種を蒔き続ける人の紹介など、それぞれの声を聴き合えるコーナーをスタートしました。




#323 2022514

 

田口淳子からあなたへ

 

美術館で、立ち止まって、ただ感じてみること。

 

 

絵本『ニジェール物語』の題字と装丁をしてくださった松井桂三氏の展覧会「化学反応実験」@宝塚市文化芸術センター4/145/14に行ってきました。

 

最初に目に飛び込んできたポスターは<惨劇への発令/1980年>。広島市出身の松井氏は「これは広島原爆資料館でたまたま目にした指令書で、絶対に残さなければという思いに突き動かされ、ポスターを制作した。核の投下候補地は広島、長崎、そして新潟、小倉。この薄っぺらな紙1枚で約515千人の命が奪われた」と書き添えられています。このポスターはニューヨーク近代美術館に永久保存されているそうです。

 

あんこうとアンモナイトが目を引くユーモアたっぷりのポスターは、チェルノブイリ原発問題を抱えるウクライナで開催された国際環境ポスタートリエンナーレでの受賞作品/1990年です。美しい海月のポスターには<No more Hiroshima/1995年>というタイトルがつけられていて、モスクワ国際グラフィックデザインビエンナーレでの受賞作品だそうです。

これらのポスターは、まさにその時代の証だったはずで、時を経て国境を越えて次の時代に何を問いかけているのでしょうか。

 

私のお気に入りは「The Earth was Blue」。2014年にパリで開催された展覧会への出品作品だそうです。松井氏の頭の中は、きっと時代を切り取る鋭いセンサーと、ものすごくチャーミングなハートが同居しているのではないかと勝手に感じています。

 

松井氏の言葉をここに。「昨日はすでに終わっている。明日は何を表現するか問い続ける今日である」。改めて、グラフィックデザインの力を感じることができた展覧会でした。

 

 

プロフィール:一般社団法人ニジェール物語製作委員会理事、日本語学科教師 

種を蒔く:#291, 236, 223, 130, 43

 

 




#322 2022514

 

天沼耕平からあなたへ

 

blue earth green trees〜みんなで取り組む『難民と進む20億キロメートル』プロジェクト」にご賛同いただいている皆様方

 

いつも大変お世話になっております。

時が経つのは早いもので、梅雨の気配が近づいてまいりましたが、いかがお過ごしでしょうか。

 

この度、直近約2か月の距離が「12007.841km」、第1回から合わせた距離は「102,658.189km」というご報告をいただきました。

皆様のかわらぬ大きな一歩一歩のご協力と連帯に改めて深く感謝申し上げます。

 

ご存じのように、現在ウクライナではすさまじい戦禍のなかで、多くの人々が国内外に避難している状況です。

5/9時点で590万人以上が国外に避難し、国内避難民も770万人以上、さらに1300万人以上が国内で避難できず人道的な助けを求めている状況です。

このような状況のなかで、UNHCRがウクライナ国内外で支援活動を展開できているのは、皆様方のご支援があるからに他なりません。

改めて皆様方のご支援に深く御礼申し上げます。

 

さて、現在世界では、ウクライナ以外の地域でも人道的な危機が続いております。

そのなかで、当協会は以下のようなオンラインランイベントを展開致します。

日々、難民と共に走っていただいている皆様には、ぜひご参加いただきたくご紹介させていただきます。

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日本からアフガニスタン避難民女性を支える

WOMEN+BEYOND 私たちから、世界を変えよう。

チャリティラン&ウォーク開催

514日(土)~522日(日)オンライン開催>

特定非営利活動法人 国連UNHCR協会(東京都港区)の女性支援プロジェクト「WOMEN+BEYOND  私たちから、世界を変えよう。」では、株式会社ラントリップ(東京都渋谷区)との共催により、今も人道危機が続くアフガニスタン国内で避難生活を送る避難民女性への支援を呼びかける「チャリティラン&ウォーク」を開催します。同時期に開催するクラウドファンディングでは、アフガニスタン避難民女性の一人親家庭に現金支給支援を実現するための募金を呼びかけます。

 

■参加申し込み: 下記イベントウェブサイトから登録 

https://runtrip.jp/runfortomorrow/womenbeyond

 

■参加費: 無料 ただしクラウドファンディングからのチャリティを呼びかけます

 

■チャリティ: WOMEN+BEYONDクラウドファンディングサイトから

https://camp-fire.jp/projects/view/578888

 

YouTubeライブ:イベント最終日の522日(日)16:30-18:00、国連難民サポーターの瀬古利彦氏、シンガーソングランナーのSUI氏ほかをお招きして参加者交流のためのYouTubeライブを開催 

https://www.youtube.com/watch?v=EwLR34TUfF8

 

■主催:国連UNHCR協会 | 株式会社ラントリップ

 

■協賛:アクセンチュア株式会社 | 株式会社サンギ | ミズノ株式会社 | 三菱電機トレーディング株式会社

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よろしければこの機会にぜひご参加いただき、アフガニスタンの女性を支え、一緒に世界を変える機運を盛り上げていただければ幸いです。

 

世界を変える輪を広げて、この取組を支えていただいている皆様には改めて深く御礼申し上げます。

 

皆様のますますのご発展とご健康をお祈り申し上げますとともに、今後とも何卒よろしくお願い致します。

 

プロフィール:国連UNHCR協会職員

種を蒔く:#308, 293, 269, 258, 245, 238, 217, 203, 192, 183, 172, 162, 146, 141, 127

 

 




#321 202258

 

東口千津子からあなたへ/From HIGASHIGUCHI Chizuko to you 

 

今朝、庭のヤマボウシの木に今年いちばんに咲いた花を見つけました。白い花に見える部分は総苞といって先端のとがった葉っぱで、本来の花である中心部の小さな丸い部分を守っているのだそうです。ヤマボウシの花言葉は「友情/Friendship」…、すぐ近くにいる人も海の向こうにいる人も、すぐに会える人もなかなか会えない人も、それぞれに安心できる環境で幸せを感じながら過ごせますようにと祈ります。

 

 The YAMABOUSHI tree blossomed in our garden this morning. The language of YAMABOUSHI, Japanese dogwood, Kousa dogwood isFriendship.  I think of you and wish you safe, healthy and happy with your family and friends in your community.

 

55日、国連のグテーレス事務総長は、国連安保理の会合でマリウポリの市民の退避に向けた3度目の計画を国連とICRC(赤十字国際委員会)が協働で進めていると述べました。国連とICRCはアゾフスタリ製鉄所に避難している市民とマリウポリ周辺を含め500人近い市民の退避に関与し、人道的なオペレーションを拡大し市民の退避を進めていくと伝えました。58日、ウクライナの副首相は製鉄所からすべての女性・子ども・高齢者が避難したと伝えました。危険な中、現地で「対話」や「交渉」を担う国連やICRCが市民の命を救う大切な役割を果たされ、多くのNGOが避難民の支えになっておられることに心を向け、私たちもできることを継続していきたいとあらためて思います。引き続き、「協調」の役割を担える機関によって、一刻も早い停戦・終戦が進められ、これ以上命が失われないようにと願います。

 

 北アイルランド・ベルファスト訪問時のお話を聴きたいとご連絡をくださった方がおられましたので、少し長くなりますが、2008年に関西人間関係センター紀要に寄せた文章を「種を蒔く」メッセージとしてお届け致します。私たち一人ひとりが体験したこと・考えること・感じることを聴き合い、共有し、より良い方向を見つけて進んでいけたらと願っています。

 

 『異文化間の緊張解決につながる個人のあり方と関係性について』

  ~北アイルランド・ベルファストにて感じたこと~

 

1.はじめに 

「鋼鉄のシャッター~北アイルランド紛争とエンカウンターグループ」の翻訳に携わる機会をいただいて以来、北アイルランドのベルファストは何世紀にもわたる紛争の歴史をもつ地図上の場所ではなく、多様な葛藤や課題を抱えた個人が身近な大切な人たちとの毎日をそれぞれに生きている場所として感じられるようになった。

2008711日(金)から16日(水)、初めて訪れたベルファストで出逢った人たちの人生について聴かせていただいたことに感謝しながら、その時にその場で自分自身が感じたことを振り返ってみたい。また、そこから見える異文化間の緊張の解決に繋がる個人のあり方と関係性について考えてみたい。

 

2.ベルファスト初日

 711日(金)午前10時に関西空港を出発し、ロンドンに午後2時半(日本時間午後10時半)に到着した。ロンドンに到着して空港内の人々を見つめながら、あらためて多文化社会、多民族社会を実感した。北アイルランドは「United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland / 大ブリテンおよび北アイルランド連合王国」として表記され、イングランド、スコットランド、ウエールズと並びイギリスの一部として認識される一方で、アイルランド共和国との関係もあり、北アイルランド独自の課題を抱えている。1969年に北部6州のカトリック教徒が弾圧されたことがきっかけで公民権運動が激化し、カトリック過激派IRAがテロ活動を強化し、対抗するプロテスタント過激派UDAも活動を強化し、英国軍が常駐することによって泥沼化した紛争・・・1998年の和平合意後、どのような状態に変化しているのか、ベルファスト行きの飛行機を待合室の窓の外に眺めながら、ベルファストとの出逢いにあれこれと想いを馳せていた。午後540分出発予定のところ、大雨と雷のため2時間遅れで午後7時半に出発し、午後8時半にベルファスト到着となった。タクシーでHoliday Inn Belfastに向かい、午後9時にフロントでチェックイン、今回の機会をくださった畠瀬稔先生・直子先生からの「お疲れ様」というメッセージが書かれたメモを受け取り、ほっとさせられる。部屋に移動し、内線電話で到着を告げ、おふたりと翌朝ロビーでお会いする約束をした。荷物を整理し、セルフサービスでいただけるカモミールティーでくつろぎながら、日本時間午前6時の夫と息子の行動を想像し、国際電話をかける。ふたりの元気な声を聴き、安心してベルファストにスイッチを切り替える。ホテルの向かいにBBC Northern Irelandのビルがあり、信頼性・中立性を重要視する報道の仕事につく人々が、現在のベルファストをどのように見つめているんだろうと関心が高まる。ベルファストの紛争を世界に向けて発信したジャーナリストやカメラマンの中にも、緊張の解決に向けて貢献した個人が多くおられるのだろうなと思いながら、テレビでBBCニュースを観る。教育と経済に関連したニュースが流れていて、さまざまな課題はあるけれど、紛争という言葉とはかけ離れたベルファストの町を感じながら窓の外を見た。午後11時半でも明るい空に気づく。ベルファストでの最初の夜が終わった。

 

3.オレンジ・パレード

 12日(土)朝、ロビーで畠瀬稔先生・直子先生とお会いし、朝食をとりながらPCAの国際学会のお話を聴かせていただく。研究者・実践家としてのおふたりそれぞれのあり方に学ばせていただきながら、ご夫婦としての関係性についてもこの旅で学ばせていただけるのを楽しみに感じる。今回のベルファスト行きは仕事の調整において職場の仲間の協力があったのはもちろんのこと、家庭でも夫と息子の協力があり成り立っている。身近な人たちとのあたたかで率直な関係性を築く個人のあり方が異文化間の緊張の解決に繋がっているといつも感じる。緊張や葛藤や対立が起こった時に日常からかけ離れた大きな力が突然出てくるのではなく、日々のそのままの自分で異文化だと感じる相手と向き合い、自分自身の内側に異文化に近づいていく、寄り添っていく多様な力を見つけていく以外に有効な方法はない。

 午前10時過ぎ、ホテルのあるOrmeau AvenueDublin Roadの交わるところに出てみると、Orange Mans Paradeを楽しみに待つ人たちが沿道に集まっている。オレンジはプロテスタントの色として認識され、新聞ではOrange Marchesという表現も見られる。2006年のパレードまでは、毎年何らかのトラブルがプロテスタントとカトリックの間にあったようで、2007年のパレードが初めて平和に行われたとのことだった。ふと同年代の40代女性が笑顔でこちらを見つめていることに気づき、声をかけてみた。ベルファストから車で30分程離れた町からパレードを見に来たとのことで、1年に1回のこの日をとても楽しみにしていて、プロテスタントとしてお祝いできることが喜びだととても幸せそうに話してくれた。彼女の話を聴きながら、プロテスタントの人たちがお互いの強い繋がりを意識する一日であることを知る。

 L.O.L.No.90等のプリントがされている多様な旗を掲げる地域ごとの行進が始まった。L.O.L.Loyal Orange Lodgeの略で、それぞれの支部を意味し、支部ナンバーがついている。100以上の地域で、この日の行進のために衣装を揃え、それぞれの旗を作り、フルートや太鼓やアコーディオンを奏でながらの練習を熱心にしてきたのが伝わってくる。大人の列の前を行進する各地域の子どもたちは、コミュニティの一員であることをとても誇らしげに感じているようだ。プロテスタントのコミュニティに所属する安心感と誇りを内側に育てながら、自分たち以外の多様なあり方に対して排他的にならずに尊重できる子どもたちや若者が育っていくための教育のあり方を、延々と続くパレードを見つめながら考え続ける私がいた。

 午後からヨーロッパ・ホテルに足を運んだ。パット・ライスらはエンカウンター・グループの参加者集めのためにこのホテルに泊まる手続きをしており、「鋼鉄のシャッタ―」には「ここは安全な場所だと聞いていたのである。後に、そこはIRAテロリストの主要な標的で、何度も爆破されていたことがわかった。そのホテルはベルファストで英国の存在と繁栄の記念建造物のようだった。」という記述がある。

 ティールームで働いている50代男性によると、オレンジ・パレードの時期に訪れる観光客が増えてきているようだ。プロテスタントとカトリックの紛争があった際には、爆破によってホテルの柱が吹っ飛び、負傷者が出たとのことだった。その当時を思うと、今は平和で本当にありがたく感じるという彼は、経済的な豊かさがこの平和と大いに関係していると何度も繰り返していた。プロテスタントもカトリックも各家庭に一定の収入があり、ベルファストに観光客が増えることで平和へのプロセスが進むと言う。子どもたちや若い世代はintegrated school(統合教育)でプロテスタントもカトリックも共に学ぶ機会が増えていて、親しくなる機会が自然にできていくし、以前のトラブルを知らない子どもたちも増えていると語ってくれた。経済的な豊かさが平和に繋がることを強調しながらも、平和を築くのに最も影響力のある人物は聖職者、牧師だとも力強く語っていたのが印象的だった。

 午後4時頃、行進が終わりかける頃に30代と思われる警察官に話しかけてみると、今日は今のところ大丈夫だが、まだ完全に安心はできないと慎重な面持ちで語ってくれた。数年前はパレードの間はずっと緊張感があり、いつ暴動が起きるかわからない状態だったし、もし誰かに話しかけられても、まず道の端に移動して完全に安全を確保してからしか話し始められなかったよなと近くにいる同年代の警察官に同意を求めていた。このパレードへのカトリックの人たちへの関わりについて尋ねてみると、穏健派はパレードを傍で見ているかもしれないが、過激派は何か抑圧された感じをどこかで爆発させようと考えているかもしれないと強い口調で答え、周りを注意深く見渡していた。どんな時代も、どんな地域でも過激な集団はトラブルの原因になるんだと言い放つ彼の記憶には、パレードの最中に起こった数年前までのトラブルが今も刻みこまれていることが感じられた。

 沿道の人たちに小旗を売っている50代男性に、今年のパレードはどうだったかと尋ねてみると、年々良くなっていくと、忙しそうに走り回りながら答えてくれた。

 行進している人たちも沿道で見つめる人たちも、とても熱い想いでこの日を過ごしていることがわかる。プロテスタントの人たちの上気した満足気な表情を見ながら、カトリックの人たちはこの日をどのように過ごしたんだろうと、パレードの最後に、再度同じ質問が心に浮かんだ。2007年の平和なパレードに続き、2008年も無事に終わった。

 

4.カトリックとプロテスタントを繋ぐ人たち

 13日(土)午前9時半に、事前にお話を聴かせていただく約束がとれていたヘンリーさんがホテルに来て下さる。六角形の玄武岩が幾重にも重なった素晴らしい自然を見せて下さるとのことで、海の向こうにスコットランドが見える北の端のジャイアンツ・コズウエイまで車で連れて行って下さった。この素晴らしい景観を見せて下さる目的で、遠い道のりを運転して下さったヘンリーさんは60代半ばを迎えられた聖職者であり、教育者であり、さまざまな体験をこの日朝から夕方まで費やして聴かせてくださった。この30年間の紛争の間に約3000人の人々が亡くなり、その家族や身近な人たちは今も心に悼みを感じていて、その悲しみを乗り越えていくプロセスが傷ついた人々には必要だと語ってくれた。プロテスタントもカトリックも穏健派はお互いに歩み寄ることもできるし、協力し合うこともできるが、ほんの一部の過激派がトラブルを起こしてきているのだと、図を描きながら両極の過激派の部分にしるしをつけて私たちに示した。ヘンリーさんは教育を通してもプロテスタントとカトリックの学生たちが交流し、理解を深め合う機会をつくってこられている。両者が一緒に楽しめるキャンプを大学で企画・運営し、若者たちがハイキングやスポーツを共にし語り合う場をもつことで、エンカウンター・グループに近い体験をすることになると説明された。

 ベティさんは第2言語としての英語を子どもたちに教える先生としての日々を送られ、60代半ばとなった今は退職されている。カトリックとプロテスタントの子どもたちが別々の学校でお互いに知り合うチャンスもなく育っていくことに疑問を感じてきたとベティさんは言う。統合教育でカトリックとプロテスタントが一緒に学べる機会は増えてきているものの、まだ子どもたち全体の7パーセント程度でしかないということだ。EMUEducation for Mutual Understandingという子どもたち同士の相互理解を深めるためのプログラムは、ベティさんが現役だった頃から現在まで行われているとのことで、カトリックとプロテスタントの子どもたちが交流し、それぞれが本物の友情を育む様子がみられたとのことだ。最も印象に残っていることとして、紛争が激しく、IRAの暴動が続いていた20年程前に、生徒たちが主体的に素晴らしい動きをした話をしてくれた。カトリックとプロテスタントの生徒たち・若者たちが一緒に行進をし、「自分たちは紛争は望んでいない」と声に出し、平和を望んでいる姿勢を明確に示したそうだ。教師である自分が何かをしたのではなく、彼女ら・彼らが主体的に動いていることに最も誇りを感じた日だったとベティさんは振り返る。その行進の中には、UDA等と関係している家庭の子どももいて、行進に参加することは勇気のいることであり、テレビで放映されることを非常に母親が怖れていたが、本人はとても勇敢だったとのことだ。この話を聴きながら、子どもたちの力を信頼し、寄り添う教師としてのベティさんの力が心に深く響いてきた。やわらかなたたずまいに力強いしなやかさを感じさせるベティさんのあり方が子どもたちの内側の力を引き出し、支えとなっていたのではないかと感じた。

 ベティさんとヘンリーさんは愛犬と愛猫とともに、海の見える小高い丘に建つ古い家を丁寧に修理して暮らしておられる。おふたりはプロテスタントであるが、地域にはカトリックの方が多く住んでおられ、お互いが協力し合い、助け合いながら暮らしているとのことだ。カトリックとプロテスタントが結婚することも多く、そこに生まれる子どもたちもカトリックであることやプロテスタントであることを、さほど重要に感じないそうだ。地域によってはカトリックであること、プロテスタントであることがとても大きな意味を持ち、どの家にも同じ旗をあげていることが同じアイデンティティであることを確認している場合もあると具体的な地区の名前をあげながら説明してくれた。ヘンリーさんとベティさんそれぞれのあり方と関係性の築き方から教育の意義を再確認できた気がした。

 ヘンリーさんが車で連れて行って下さったカリミラという施設でディレクターをされている30代後半のロニーさんは、世界中から集まる人々が自己理解と他者との交流を深めていくサポートをされている。平和を築き、和解を促進する目的で、1965年に教会関係者によってこの施設は設立され、最近、利用者は増えてきてるようだ。ファミリーグループや若者たちのグループが一緒にスポーツをしたり、話し合ったり聴き合ったりすることで、自己理解が深まり関係性が築かれていくことが多いが、ロニーさんはカトリックとプロテスタントの和解に向けてのグループのファシリテーターをすることもあり、多文化間理解を促進する役割を担っているとも言える。暴力ではなく平和的アプローチで傍にいる人たちとの交流を深めていく支援をしながら、友情を育む機会を作っているんだと語られた。また、和解にはとても長い長い時間を要することもあり、何世紀もかかる場合もあると、ご自分にも言い聞かせておられるように話された。個人としての想いを交流し、社会について感じるところを語り合い、宗教や文化的アイデンティティを含めてお互いの違いを知り、友情を育み関係性を築いていくことが、和解の可能性に繋がると力強く説明された。どうすればお互いの違いを尊重できるようになるのか、ということについて真摯に見つめ続けておられるのが伝わってくる。ホスピタリティ/あたたかく人々を歓迎することが大切だと言われ、個人としてのあり方や関係性の築き方について語られるロニーさんは、パーソン・センタード・アプローチという表現はご存知なかったけれど、パット・ライスについてはよく知っておられ、カール・ロジャーズが大切にしてこられたものと近いアプローチで、日々過ごしておられるように感じた。

 

5.若者の意識

 14日(月)、ホテルのレストラン・マネージャーの20代半ばのローラさんに話を聴く、ローラさんはカトリックだが、宗教が自分を表すのではなく、個人としての自分でありたいと思っていると明確に表現していた。ひとつの集団に所属して育ったという感覚はなく、ふたりの親友はプロテスタントで、身近な人がカトリックかプロテスタントかということは重要ではなく、その人がどんな人かで繋がっていたいと思うとまっすぐに伝えていた。ご両親は離婚され、お父さんはカトリックで、お父さんのパートナーはプロテスタントで、ローラさんもご自身のパートナーとは個人として出逢っていきたいと願っているということだ。

 ベルファストの町は良い方向に進んできていることを、町の中心にあるホテル勤務を通して語ってくれた。彼女が勤め始めた7年前は観光客がほとんどおらず、スコットランドからの滞在客が僅かにいただけだったそうだ。紛争があった時代にはベルファストに来ることを危険だと感じていた人も多くいただろうけれど、コミュニティ自体が変わってきているのを実感していると力強い言葉で語ってくれた。

 2歳年下の妹さんは、カトリックとプロテスタントが登山やカヌーや地域掃除などの活動を共にするコミュニティワークを学校で経験したことがあるそうだが、ローラさん自身はベルファストにあるカレッジに入ってからプロテスタントの友人たちと多くの交流を経験したようだ。ホテルの仕事についてからも、カトリック・プロテスタントに関係なく、個人としてのあり方で周りの人と自然に繋がりができてきたそうだ。黒人や白人で個人を判断しないのと同じで、カトリックやプロテスタントであることで個人を判断しないというのは自分にとって自然なことだとローラさんは言う。家族や友人たちがみんな大切だし、ベルファストで家庭をもてたらとも思うけれど、これから先のことはわからないと言って微笑んだ。

 プロテスタントと交流をもたないカトリック、またカトリックと交流をもたないプロテスタントが若い世代にももちろんいると思われるが、ローラさんのように宗教的なアイデンティティを個人としてのアイデンティティと同一化せず、一人ひとりのあり方によって関係性を築いていく若者が増えていっているようだ。

 

6.ディックさんの生き方・あり方に学ぶ

 ヘンリーさんのご紹介でお会いできた91歳のディックさんはプロテスタントの牧師さんで、18か月前にパートナーを亡くされて、今はご自宅の落ち着いたカウンセリングルームで、1週間に14時間、マリッジ・カウンセリングを中心に教会関係者や教育関係者のスーパーヴィジョンをされている。

 カトリックとプロテスタントの紛争はヨーロッパ全体の問題として考える必要もあるというディックさんはアングリカン・チャーチの牧師で、カトリックとプロテスタント双方の人々と会い、ローマカトリックの神父と一緒に仕事をすることもある。カトリックとプロテスタントはみんなクリスチャンだという意味では同じで、お互いに愛することができればと思っているが、なかなかそのようにはいかないのが現実だと言って、おおらかに笑い声をあげられた。相手を敵だと感じその敵が悪いんだと思い込むと、相手を非難するだけで自分自身を見つめることなく変わることもできない。そんなことがヨーロッパでもずっと起こってきたんだと語られた。

 宗教とアイデンティティの関係について尋ねると、ベルファストではカトリックであるかプロテスタントであるかが、個人のアイデンティティと密接に結びついていてそれぞれが社会とどのように繋がっているかということを物語るということだ。現在は少し緩やかになってきているが、依然としてその傾向はみられ、カトリックのコミュニティ、プロテスタントのコミュニティそれぞれに強い結びつきが残っている。ディックさんのお父さんは、昔、熱心にオレンジ・パレードに参加され、それは民主的な社会をつくるため、自由のためなんだと言っておられたそうだが、ディックさんはパレードに参加している人たちの中にカトリックを否定するメッセージを感じてその中には入っていかなかったと言われていた。

 「鋼鉄のシャッター」については何度も使用されたそうで、「私はパーソン・センタードでロジャリアンだ」と答えられた。ウガンダに15年おられて、1960年はじめに帰国し、ご夫婦でマリッジ・カウンセリングをスタートされた。そのベースはパーソン・センタード・アプローチだったが、直接エンカウンター・グループのアプローチをとられることはなかったそうだ。5日間ほどの集中的な泊まりのエンカウンター・グループでは、個人が自分の深いところと向き合い、痛みを伴うこともあるので、自らその体験を求めてそのために時間とお金を費やす余裕のある人たちでないと参加するのは難しいと感じるとディックさんは言う。学生たちがグループのメンバーとの繋がりを感じながら、自分を見つめ将来について深く考えるにはエンカウンター・グループは望ましいアプローチだと考えられるが、カリミラで行われているようなインフォーマルなグループの方がより多様な人が参加しやすいのではないかと感じておられるのが伝わってきた。また、泊りがけではなく、週末に2~3時間のグループで6回程のエンカウンター・グループであれば多様なメンバーが参加できる現実的なものとして考えられると捉えておられた。エンカウンター・グループについて話を続けていると、ベルファストの教会で行われているカトリックとプロテスタントのグループでこれからもっと取り入れていくことができるかもしれないとディックさんは言われた。91歳の現在も意味のあることにはチャレンジされていく柔軟な姿勢を保っておられることに感銘を受けた。

 社会が良い方向に進んでいくことを心から望み、個人に対して信頼を置くディックさんに教育の中でどんな要素が重要だと思われるか尋ねてみた。カトリックとプロテスタントが共に学ぶジョイント・カレッジをつくることができれば良いと思うが、これは今の自分自身が現実的にできることではないので、別々の教育機関であっても教職につく者が現実に起こっていることをしっかり見つめて、宗教や社会学をしっかり学び、多様なあり方を尊重できる態度を身につけ、子どもたちや若者たちに多様性を尊重するあり方を育てていくことが大切だと語られた。

 ディックさんから聴かせていただいたことはまだまだたくさんあり、その時に私の心の中に生まれたことについてもここですべてを表現することは難しいと、今、感じている。聖職者として教育者として歩んでこられたディックさんの人生に触れさせていただけたことは本当にありがたいことだと感じる。個人としての日々も大切にされているディックさんは手入れの行き届いたイングリッシュ・ガーデンにテーブルを出し、マフィンを焼き、お茶を入れて下さった。今がいちばん美しい時期だからと、色とりどりの世界中の薔薇が咲き誇るローズ・ガーデンに連れて行ってくださった。一輪一輪の薔薇を見つめながら、ローズ・ガーデンを歩きながら、ディックさんと一緒に過ごせた時間はとても幸せな時間として心に残っている。

 カトリックとプロテスタントの両方のコミュニティに対して、またそこで暮らす人々に対して深い愛情を向けておられるディックさんはご自身の内側に一人ひとりの多様なあり方を受けとめる大きな器を育ててこられているように感じた。私自身もその深い懐に包まれてひとときを共に過ごせたことで、大きなエネルギーをいただいたように、今感じている。

 

7.ベルファスト最終日~IRAのメンバーとの出逢い

 15日(火)畠瀬稔先生・直子先生とベルファストでの時間を振り返りながら、朝食の時間を過ごす。今回出逢えたお一人おひとりを想いながら、またおふたりそれぞれのお話を聴きながら、自分の中に生まれていく想いを確認する。パリに向かわれるおふたりをホテルの前でお見送りした後、ベルファストで過ごせる残り時間が1時間半をきったことを確認する。

 隣人同士だった人たちの間に設けられている「ピース・ライン」と呼ばれる、高い波状の囲いと「ウォール・ペインティング」をもう一度見に行くためにシティ・ホール前に並んでいたタクシーに乗った。30代後半から40代前半に見えたタクシー・ドライバーの男性と会話をしているうちに「ピース・ライン」のところに到着した。タクシーを降り、何枚か写真を撮った時、「ジャーナリストなのか?」と尋ねられ、自然な流れの中で日本からベルファストに来た理由を伝えた。「教育の仕事をしており、カトリックとプロテスタント双方の人たちが平和に暮らせること、子どもたちや若者たちがお互いの違いを尊重しながら、あたたかい関係をつくっていけることを祈っている」と伝えた。彼はまっすぐにこちらを見つめて「自分はIRAのメンバーで、もし行きたいなら連れて行ってもいい。自分の属するコミュニティの写真を撮ってもいい。」と言った。この旅でいちばん緊張した瞬間だった。IRAという英語が耳に入ったとたん、一瞬家族の顔が浮かび、心拍数があがった。静かに深く息を吐き、私もまっすぐに彼を見つめた。「私がそこに行っても危険は全くないか?私がそこに行くことであなたは困らないか?」と尋ねた。「そこは安全だし、自分も困らない」という彼の言葉を聴きながら、ほんの数秒、「行くか、行かないか」、自分の内側の声を確かめた。その時までに彼と交わした会話や伝わってきた人柄を私の内側で凝縮して再度感じていたのだと思う。そして、自分自身の危険を回避する知恵や態度を瞬間的に確かめていたのだと思う。「行こう。30分後にホテルに着きたい。大丈夫?」と深く確認し、その場を出発した。

 Falls Roadに到着した時、アイルランドの旗が目に入った。緑とオレンジの間に白が入った旗だ。ここは明らかにカトリックの強い結びつきの感じられるコミュニティなんだと実感する。タクシーから降りて、壁一面の記念碑に近づいてみる。一番下の部分に書かれている「Dedicated to All The Unsung Heroes/世に知られていない英雄たちに捧ぐ」という言葉が目に入ってきた。その上には「この記念碑はアイルランドの自由のために自らの命を捧げたバリーマーフィー及びターフ地域の偉大な仲間たちに捧ぐものである。また英国軍と統一党員隊によって殺された私たちのコミュニティの男性たち、女性たち、子どもたちに捧ぐものである」と記されていた。亡くなった人たちのフルネーム、年齢、亡くなった年が上から下までずっと記録されている。1歳から80歳代まで亡くなった人たちの年齢はさまざまだ。タクシー・ドライバーの彼は「自分の仲間も殺された。友達の子どももほんの2歳なのに殺された」と身近な人たちが無念にも亡くなっていったことを、私の横で記念碑を見つめながら話してくれた。「ここの人間はみんな親切で気さくな人たちだ。ただアイルランドの地を守りたかっただけなのに。その思いで戦ったんだ。」と伝ええる彼からは、純粋にアイルランドの地を愛し、このコミュニティのカトリックの人々を愛しているのが伝わってくる。しばらくすると「写真を撮ってもいいよ」と言ってくれたので「ありがとう」と伝え、カメラを構えた。私が写真を撮っている間、タクシーの傍に立っていた彼に数名の人が近寄り、何か話をしていた。IRAの仲間なのか、このコミュニティのカトリックの住人なのかはわからなかった。そのコミュニティには多くの鮮やかな絵が建物の壁一面に描かれ、その写真も撮らせてもらった。多くの「世に知られていない英雄たち」をこうして今もずっと想いながら暮らしているこのコミュニティの人たちの心の中には、どんな感情が渦巻いているのだろう。怒り、憤り、悲しみ、敵意、絶望、あきらめ、悔恨・・・。言葉にできない想いも含めて、紛争が起こっていない2008年現在も、人々の中には和解に向かうための長い長いプロセス必要なんだと感じた。

 ホテルに向かうタクシーの中では、彼は「IRAに入ったことがいいことだったとは言えないかもしれない。でも、このアイルランドの自由のために必要だったんだ」と言った。別れ際、私は自分の名前を彼に伝え、彼も名前を伝えてくれた。「あなたが幸せでありますように。そしてベルファストの平和が続きますように。」と言って、握手をした。

 

8.終わりに

 ロジャーズは異文化間の緊張の解決について以下のように語っている。「緊張場面のパターンは込み入ったものではない。それに関与しているいずれの関係者も、同じほどの確信をもって同じように固持している。それは『私は正しく、あなたは間違っている。私は善くて、あなたは悪い』というものである。これが、個人間及び集団間の緊張を持続させる。・・・もし緊張を弱めようとするならば、このパターンをこそなんとかして解消しなければならないのである。ここにこそ、パーソン・センタード・アプローチがその最も強力な力を発揮し得る場があるのである。」特に、私を勇気づけてくれる一文は「パーソン・センタード・アプローチを用いて対立している両方の人々に力を与えることによって、葛藤を緩和することができる」というものである。日常のさまざまな場面でこの一文を思い出す。対立する両者それぞれにじっくり耳を傾け、一人ひとりを受けとめていくプロセスの中で、対立していた個人がそれぞれの内側に持つ、人と繋がる力を取り戻し、相手に一歩近づいていくのが感じられる。

 今回、ベルファストで出逢った人々は、多様な葛藤や課題を抱えながら身近な大切な人たちとの毎日をそれぞれに生きておられた。一人ひとりの話を聴かせていただいたことで、紛争が激しかった時には『私は正しく、あなたは間違っている。私は善くて、あなたは悪い』と言った姿勢や態度が社会に蔓延していたのだと気づかされる。この姿勢や態度は、紛争時でなくても私たち一人ひとりの内側に芽生えやすい。日常生活で異文化を感じたときこそ、自分の内側で何が起こっているのかをまっすぐ見つめていく必要がある。

 平和を取り戻し、安心して暮らしつつあるベルファストには、『対立している両方の人々に力を与えることによって緩和する』役割を果たしてきた人々が多く存在することがわかった。何世紀にもわたる憎悪、不信、疑惑などの感情を抱く人が目の前にいる時でも、個人としての想いが深く受けとめられ、その人の時間の流れの中で一つひとつ整理され、何を選ぼうとしているのか、どこに進もうとしているのか、主体性が認められること・・・そんなプロセスがパーソン・センタード・アプローチによって促進されていく。

 異文化接触の体験がアイデンティティに影響するプロセスは一人ひとり異なる。それぞれの状況で自分自身を深く見つめ、他者の内側にある多様な要素を感じ取ろうとする時、自分と他者の双方の存在を尊重し、新しい関係性が構築されていく。

 今、ここで、自己一致した自分自身でありたいと感じるし、その自分がどんなふうに異文化間の緊張に対峙できるのか、その時その時に内側に感じることを見つめながら、新しい自分自身とも出逢っていきたいと感じられたベルファストだった。

 

参考文献

H.カーシェンバウム、V.L.ヘンダーソン編、2001、ロジャーズ選集(下)、誠心書房

パトリック・ライス著、畠瀬稔・東口千津子訳、2003、鋼鉄のシャッター、コスモスライブラリー

 

プロフィール:一般社団法人blue earth green trees代表理事

種を蒔く/Seedfolks#312, 307, 287, 271, 261, 244, 174, 158, 145, 125, 118, 79, 56, 42, 1

 

 




#320 202258

 

田中啓義からあなたへ

 

憲法記念日を迎えた世論調査で、平和憲法の憲法改正を望む人の割合が増えてきているのを大変危惧しています。それは、ロシアのウクライナ侵攻に直面して、保守党タカ派政治家による、軍力増強による抑止防衛論、核共有論などの活発な論戦が影響しているものと思われます。

戦争は、最大の人権侵害であって、何が何でも回避しなければならないことについては、誰しも異論がありません。

しかし、戦争回避を、軍備増強による「力の均衡」に求めるのは、むしろ危険であると思うのです。

そのような国家姿勢は、国家間の際限ない猜疑心を育て、一触即発のリスクを孕みます。のみならず、国家内においても、国民生活に遍く「力による解決」を沁み込ませることになり、それは、弱者、少数者の人権を蔑ろにする社会を許容してしまいます。

日本国憲法は、先の大戦の反省に基づき、全ての人の平等と自由と人権尊重を最大の価値とし、そのような価値に基づき平和を維持せんとする国際社会において「名誉ある地位を占めたい」と宣言しました(憲法前文)。そして、戦争放棄、武力放棄を謳う憲法9条を制定しました。

戦争を回避する方法としては、「力の均衡」だけではなく、「協調」の方法があります。

それは、具体的には、「戦争は外交の失敗」と言われるように、国家の協調外交によって進められ、また、グローバル化社会の経済協力によっても、また、市民レベルの国際支援活動によっても進められていくものだと思います。そして、憲法前文を読めば、日本の進むべき道は、猜疑心に基づく「力の均衡」でなく、信義に基づく「協調」路線であることが明らかです。

また、ロシアのウクライナ侵攻を非難する報道で、大衆化したロシア人が戦争遂行を賛美するロシア国内の映像が映し出されることもあります。このような映像が、ロシア国内で真に権力に迎合する大衆化が進行しているのか、それとも、ロシアの国家権力による報道統制にあるのか、それとも、その両方にあるのか、実態は分かりません。

しかし、いずれにしても、このような映像に接すると、戦争を回避するには、国民が、理性的に、国家権力を批判し国家権力と対峙する力を保有していなければならないことを痛感します。そもそも、戦争の被害者は市民であって、戦争の当事者は、国家対国家ではなく、国家権力対市民の図式と思え、市民が声を上げることこそ重要であると思うのです。

人間は、大衆化してはならず、自由で自立し、自己の言動に責任をもった実存的存在として、社会に参画(アンガジュマン)しなければならない、と言ったのは、先の大戦後、欧米のみならず日本の思想界をも席巻した、フランスの実存主義哲学者JPサルトルでした。

そして、日本国憲法は、個人の幸福追求権(13条)、国民の思想良心の自由(19条)、表現の自由(21条)、信教の自由(20条)、教育を受ける権利(26条)、学問の自由(23条)、生存権(25条)、参政権(15条)などを最大限保障している憲法です。すなわち、日本国憲法は、実存主義哲学と同様、国民が、国家権力に迎合しない、自由で自立した、責任を持った主体的な人間であることを保障しているのです。

そうとすれば、今、戦争を終結させ、また、戦争を回避するために、日本で、軍備増強のための憲法改正論が勢いを得るのは、決して的を射ていないと思うのです。

今でこそ、国家権力の暴走を抑止する国民の人権保障をこそフォーカスし、国際的な国民の連帯と協調によって、平和を実現せんとする、日本国憲法を改めて、評価することこそ必要であると思うのです。

 

また、、日本国憲法は、米国GHQの押しつけ憲法なので、日本人も自主憲法を制定すべきであると論じられることがありますが、憲法9条を擁する日本国憲法は、決して、戦後のGHQの押しつけではなかったようです。

そうでなく、憲法9条は、当時の日本国・幣原首相の肝入りで、「世界は私たちを非現実的な夢想家だと嘲笑されるでしょうが、然し今から100年後には私たちは預言者と呼ばれることでしょう」と言って、彼がGHQのマッカーサーに対して提案したそうです。そして、マッカーサーは、天皇制を国民支配のために利用しようとして、他方、国際世論に対する手前から、天皇制と戦争放棄をセットにして憲法に盛り込もうとしたのであって、GHQは、功利主義的に、幣原に追随しただけのようです。

また当時の日本国国民の7割が憲法の戦争放棄条項を歓迎していたということです。

したがって、憲法9条は、決して、GHQの押しつけではないのです。

そして、だからこそ、改憲勢力が一定存しても、いまだ、制定75年以上を経ても、憲法は改正されず、国民に根強く定着するに至っているのです。

憲法定着の理由について、わが国の著名な哲学者柄谷行人氏は、「憲法の無意識」(岩波新書)という本で、憲法9条の平和主義は、戦後思想ではなく、むしろ、江戸時代の400年に続く平和で培われたものであって、憲法9条の平和主義は、むしろ、日本人固有の集合的無意識に根付いていると論じていました。

たしかに、日本人は、謙虚で人に思いやりがある民族と言われており、おそらく、西欧人より戦闘的ではありません。そもそも、狩猟民族でなく農耕民族ですし、ほぼ単一民族であって、根本的な同質性があって、心底から恨みあうことがない民族ともいえます。

このような日本人であればこそ、定着できた平和憲法であって、そうすると、この意味からも、わたしたちは、誇りをもって、平和憲法である日本国憲法を改めて評価するべきであろうと思うのです。

 

プロフィール:blue earth green trees理事、登大路総合法律事務所所長弁護士

種を蒔く:#295,277, 112, 31, 20




#319 202254

 

岩崎裕保からあなたへ

 

第9回SDGs勉強会「子どもの権利条約(CRCConvention on the Rights of the Child )

 

プログラムの冒頭で、ゴダイゴが歌う「ビューティフル・ネーム」( ビューティフル・ネーム ゴダイゴ - YouTube )を聞いていただきました。この歌は、1979年「国際子ども年」の協賛歌で、日本語と英語のヴァージョンがあり、部分的には中国語と韓国語もあるようです。

次に、参加者に二つの問いかけをしました。

・あなたが、もう子どもじゃない、大人になったんだと感じたのは、いつ、どんな(ことがあった)時でしたか?

・子ども時代に、親あるいは教員などから、権利の侵害を受けたことはありますか?それはどんなことでしたか?

そして、最近の新聞記事を紹介しました。

326日朝日=外国人小中学生146人が通学せず。憲法や教育基本法により、国民には子どもに教育を受けさせる義務があるが、外国人にはない。

315日朝日=理不尽校則 もうやめる。時代は変わった。生徒らと議論し決定。

CRC2条は、いかなる差別もいけないとし、28条では教育への権利を、そして29条では教育の目的を謳っていて、①のような状況をよしとはしません。また12条は意見表明権を、13条は表現・情報の自由、14条は思想・良心・宗教の自由、15条は結社・集会の自由を保障するとしていますから、CRCが認知されて現場にこうした変化が起こるまで30年かかったということを②は示しています。しかし、①でも②でもCRCへの言及は、残念ながら、ありません――政府だけでなく、マスコミも、国際条約に向き合う姿勢が弱いようです。

 

CRC19891120日に採択され、1990年に発効しました。日本が批准をしたのは1994422日で、158番目でした。ソマリアが201511月に196番目の批准国となったので、まだ批准をしていないのは米国のみとなっています。

ポーランドが1978年にCRCの草案を提出し、翌79年には国連に作業部会が設置され、その後10年かかって採択に至りました。CRCは全部で54条から成っていますが、前文に続く第1部(141条)が権利についてで、第2部(4245条)は広報や報告の義務など政府や国連の仕事で、第3部(4654条)は諸手続きとなっています。

 

ワークは、スーザン・ファウンテンによるユニセフの「CRCを学ぶために実践ガイド」である『私の権利みんなの権利(原題Its Only Right !)』の「活動5 さまざまな権利のつながり」をおこないました――世界の子どもたちの情況を書いたカードがCRCのどの項目に当たるのかを考えました。

たとえば、「私が小さかった頃、私の家族は保健所からとても離れたところに住んでいたので、私は予防接種をうけられませんでした。今私は8才で、ポリオにかかっています」はCRC24条、子どもが可能なかぎり高い水準の健康を享受し、「保健・医療サービスを受ける権利」について述べています。また、この話は28条の「教育を受ける権利」とも関連します。

 

子どもの権利に関わる歴史を振り返ってみると、フランス革命による「人権宣言」(1789年)があり、1924年には国際連盟による初の「ジュネーブ宣言(子どもの権利宣言)」、そして1948年の「世界人権宣言」を忘れることはできません。1959年には「子どもの権利宣言」がありましたが、「宣言」というものには法的拘束力がないので、「国際人権規約」(1966年)が基本的人権保障への法的拘束力強化を訴えます。1978年にポーランド政府が「子どもの権利条約草案」を国連に提出して、人権委員会内に作業部会が設置されました。1979年は、「子どもの権利宣言」20周年に当たり、「国際子ども年」でした。そこから10年間の作業・議論を経て1989年に「子どもの権利条約」が採択されました。

 

CRCは次の4つとして説明できます。

生存の権利:命をたいせつにされること、人間らしくいきていくための生活水準が守られることなど。

育つ権利:自分の名前や国籍を持ち、親や家族と一緒に生活できること、教育を受け、休んだり遊んだりできることなど。

守られる権利:あらゆる種類の虐待や放任、搾取、有害労働などから守られること、戦争から守られ、被害にあった子どもの心や身体が保護されることなど。

参加する権利:自由に意見を表したり、グループ活動ができること、成長に必要な情報が提供され、子どもにとって良くない情報から守られることなど。

 

子どもは身体的・精神的に未熟であり、経済力が備わっていませんので、自立できるまでに十分な配慮や保護が必要ですから、CRCには子どもならではの権利も含まれています。それをCRCにおける4つの原則と言います。

生命、生存、発達に対する権利は命を守られ成長できること、子どもの最善の利益とは子どもにとって最も良いことを第一に考えること、子どもの意見の尊重は意見を表明し参加できること、そして差別の禁止とは子ども自身や親の人種、性別、意見、障害、経済状況など、どんな理由でも差別されず、条約の定めるすべての権利が保障されるということです。

 

CRCで大事なことは、保護の対象としてだけではなく、一人の人間として認め、自己決定権を含めた権利の主体としての子どもという認識です。これをポーランドが提起したことの背景を象徴するのが「コルチャック先生」です。

アンジェイ・ワイダ監督作『コルチャック先生』オリジナル予告編 - YouTube

が1990年に映画化されています。コルチャック先生(本名 ヘンルイック・ゴールドシュミット)は「子どもは既に人間である(子どもは、だんだんと人間になるのではなく、すでに人間なのだ。人間であって、操り人形ではない。彼らの理性に向かって話しかければ、私たちのそれにこたえることもできるし、心に向かって話しかければ、私たちを感じ取ってくれる。子どもは、その魂において、あらゆる思考や感覚を持つ、才能ある人間なのだ)」「子どもが、ではない。そこにいるのは…人間である(そこにいるのは、知識の量、経験の蓄積、欲望、感情の動きが異なる人間である)」「子どもと言うものは、私たち(大人)と等しく人間的な価値をもっているものだ」と言っています。

 

実は、日本は1951年に「児童憲章」を制定しています。その前文には「われらは、日本国憲法の精神にしたがい、児童に対する正しい観念を確立し、すべての児童の幸福をはかるために、この憲章を定める」とあり、「児童は、人として尊ばれる。児童は、社会の一員として重んぜられる。児童は、良い環境のなかで育てられる」としています。これはきわめて先駆的なことです(が、CRCと異なる点があって、それはこの憲章では、児童を社会から保護されるべき存在と位置付けていることです)。この憲章を持っている日本がCRCの批准をしたのが1番ではなく158番目であったのはなぜなのでしょう。

 

CRCに関して、日本の課題に触れておきます。

まずchildを日本政府は「児童」と訳していますが、一般的には小学生を児童と言いますから、CRCが「18歳未満の子ども」としていることと違った印象や認識を与える可能性があります。また、条文にはshallという語がよく出てきますが、これは語源からすると「…することを負うている」という意味なので、ユニセフ訳では「…しなければならない」としていますが、政府訳では「…する」となっています。もちろん、条約は政府を縛るものですから、政府が「する」と言っているのですから、そう目くじらを立てることではないのかもしれませんが、人びとが読んだときに、政府は責務を負うているのだと受け取れる方がよい訳だと言えそうです。

政府は、CRCを批准するにあたって、国内法や制度の改正は不要だとしました。その一つの結果が、冒頭で示した校則問題とつながるのではないでしょうか。当時、きちんと向き合って国内の在り方をCRCと照らし合わせてみることをしなかったということです。しかし、1979年に発効した女子差別撤廃条約では、国籍法の改正や男女雇用機会均等法の成立、家庭科教育の見直しといったことを5年以上かけて整備したうえで、1985年に批准をしたのでした。

「こども庁」構想には「子どもは家庭でお母さんが育てるもの。『家庭』の文字が入るのは当然だ」という自民党保守系議員の意見があり、「こども家庭庁」となりましたが、これもCRCが十分に認知されていないことのあらわれではないでしょうか。

CRCは5年ごとの報告義務があり、2017年の日本の報告に対して「差別の禁止」「児童の意見の尊重」「体罰」「家庭環境を奪われた児童」「生殖に関する健康及び精神的健康」「少年法」に関しての取り組みが十分でないとの指摘を受けています。

自治体における条例制定は必ずしも全国的に広がっているわけではありませんが、奈良市は積極的な取り組みをしている自治体の一つとなっているようです。

国内初!ユニセフ「子どもにやさしいまちづくり」実践自治体に選出 - 奈良市ホームページ (nara.lg.jp)

 

最後に、「米国がCRCの批准をしていないのはなぜか」とのご質問に対して、連邦政府と州政府の調整がなかなか難しいという形式的なことしかお伝え出来ませんでしたので、追加をさせていただきます。

米国は外交分野で孤立主義的な態度をとってきたとは歴史的にも明らかで、国連の人権活動には冷淡な姿勢を持っていて、男女差別撤廃条約の批准もしていません――環境や軍縮でも同じような傾向です。CRCは子どもの自律にポイントがありますが、それを親の権威や家族の統合に反するものであると考える人が多くいます。宗教や表現の自由は米国の働きかけでCRCに盛り込まれましたが、社会権を権利として認めることに抵抗が強く、教育や健康は個人の責任であるとの考えが広く支持されています。また、CRCにはっきりと違反する法制度(たとえば18歳未満の少年の死刑)が少なからぬ州に存在します。子どもの権利が前面に打ち出されること自体に米国は抵抗していると言えます。

 

プロフィール:blue earth green trees SDGs勉強会プロジェクトリーダー。同志社大学法学部政治学科卒業、同大学院アメリカ研究科修了。ニュージーランドが関心の地域。私立中高で英語を教え、その後大学に移って「平和研究」「国際協力論」「NGO/NPO論」などを担当。2008年から6年間開発教育協会(DEAR)代表理事。今はDEAR監事と関西NGO協議会(KNC)監事。

種を蒔く:#310,303,292, 266, 259, 254, 237, 224, 197, 175, 143, 124, 121, 98, 79, 73, 69, 67, 48

 

 




#318 202254

 

山本昌彦からあなたへ

 

4月28()久しぶりに前から観たいと思っていた第94回アカデミー賞で脚本賞を受賞した「ベルファスト(原題:Belfast)」という映画を鑑賞してきた。監督のケネス・ブラナー自身の子ども時代を半自伝的に描いたこの映画は、北アイルランド紛争(英語では「The Troubles」と呼ばれる)による暴力と紛争の日々が始まって間もない、1969年の北アイルランドの街、ベルファストを主人公の少年バディの視点から描いていたものだ。

 「ベルファストの町で生まれ育った9歳の少年バディは、家族と友だちに囲まれ、映画や音楽を楽しんで充実した毎日を過ごしていた。しかし、1969815日、プロテスタントの武装集団がカトリック住民への攻撃を始め、穏やかだったバディの世界は突如として緊迫した環境へと変わってしまう。カトリック信者とプロテスタント信者が共存して暮らし、住民すべてが顔なじみで、ひとつの家族のようだったベルファストは、この日を境に分断され、憎しみが連鎖していくことに…」というのが大まかなあらすじ。

 

ニュースなどでウクライナから逃れる人々の映像を毎日のように見せつけられている今この瞬間、この映画での「街が紛争の場と化す光景」、「人々の分断」、「幼い少年と家族の運命」、そして「生まれ育った場所への想い」は、否が応でも現実と重なってしまう。

今回セリフを聞いていて(日本語字幕を読んでいて)、心に残ったものがたくさんあったのだが、その中から以下に3つだけ挙げてみる。

〇「この街には、「我々の」サイドも、「彼らの」サイドもないんだ。とにかく、サイドなどなかったんだ。(There is no 'our' side and 'their' side in our street. Or there did'nt used to be, anyway.)

〇算数の宿題で、好きな女の子の隣に座るためにわざと正解と紛らわしい数字を書くことを祖父に勧められ、「正解は一つしかないよ。」と言ったバディに対しての祖父が返した言葉、「答えがひとつなら紛争など起きんよ。(If that were true son, people wouldnt be blowin themselves up all over this town.)

〇移住することになったバディ(プロテスタント)がキャサリン(カトリック)に花束を渡し、父親に「あの子と結婚できるかな?」と聞いた後の父親のセリフ「彼女がカトリックだろうと、ヒンズー教や、何か他の宗教の信者だろうと、彼女が優しくて、温かい人でお互いに尊敬し合えるなら、いつでも家族として迎えるよ。(That wee girl can be a practicing Hindu, or a Southern Baptist or a Vegetarian Anti-Christ. But if shes kind and shes fair, and you two respect each other, she anher people are welcome in our house any day of the week. Agreed?)

 

日本語のセリフは、「映画ベルファスト」から聞き覚えのものを思い出して。

英語は、以下シナリオのPDFから

https://deadline.com/wp-content/uploads/2022/01/Belfast-Read-The-Screenplay_Redacted.pdf

 

あと、1960年代の懐かしい音楽や、映画「スタートレック」、「チキチキバンバン」、『サンダーバード』のコスチュームなどが登場していて、なんだか懐かしく感じた。

 他にもアガサ・クリスティの小説や、『マイティ・ソー』のアメコミも登場していた。監督ケネス・ブラナーの過去への郷愁と、今でも決して色褪せない作品たちへの愛がそこにはたっぷり注がれているようにも感じた。

祖母グラニー役には『007』シリーズで有名な世界的大女優ジュディ・デンチが演じていて、音楽はベルファスト出身のヴァン・モリソンが担当していて、いい味を出していた。

 

 




#317 202253

 

川野裕満子からあなたへ

 

 

朗読、川野裕満子

川野裕満子作 『母の顔』

 

58日は、『母の日』です。

「母」という存在無しに人はこの世に生を受けることはできません。

けれど母と子の関係は千差万別。

どんな関係であっても一年に一度ぐらいは心から「ありがとう」と言いたいですね。

 

 





#316 202251

 

ルミカからあなたへ

 

「みんなで取り組む『難民の皆さんと進む20億キロメートル』プロジェクト第13回みんなの合計距離」

 

5月の爽やかな風が感じられる日々となりました。花や樹々も鮮やかで美しく、見ているだけで癒されたり、明るい気持ちにしてくれます。自然を感じながら、想いを寄せ、一緒に歩みましょう。

 

4月のドネーション』5,000円と『ウクライナ応援ポストカードご購入代金』5,000円、計10,000円を国連UNHCR協会様にお送り致します。ご協力に感謝致します。

 

3月・4月のご報告をいただいた皆さん、ありがとうございました。

 

51日現在、個人参加50人、団体参加2095人、合計145人で、難民の方々に想いを寄せて「歩いた」「走った」「自転車に乗った」「泳いだ」皆さんの2ヶ月の合計距離は「12007.841 km」でした!第1回からの総距離は「 102,658.189 km」になりました。

 

1926012.794km

21136823.639km

31276949.398km

41377944.041km

51377795.52km

61416761.186km

71416532.551km

81447713.115km

91457883.713km

101457726.116km

111456364.227km

1214512134.052km               

1314512007.841km               

 

★第1回〜第13

    102658.187km

 

次回報告日は71日です。

5月・6月の合計距離をご報告ください。

 

毎日、まずご自身の心身の健康を大切にお過ごしください。そしてご家族やお友だちと一緒に歩いたり、運動したりする時間を楽しみましょう。

 

プロフィール:スポーツトレーナー、blue earth green treesみんなで取り組む『難民の皆さんと進む20億キロメートル』プロジェクトリーダー

種を蒔く:#288, 264, 255, 242, 233,  225,  214, 201, 190, 181, 168, 154, 140, 126

 

 




#315 2022430

 

木村直子から あなたへ 5月の詩

 

五月のように  竹内浩三

 

なんのために

ともかく 生きている

ともかく

 

どう生きるべきか

それは どえらい問題だ

それを一生考え 考えぬいてもはじまらん

考えれば 考えるほど理屈が多くなりこまる

 

こまる前に 次のことばを知ると得だ

歓喜して生きよ ヴィヴェ・ジョアイユウ

理屈を云う前に ヴィヴェ・ジョアイユウ

信ずることは めでたい

真を知りたければ信ぜよ

そこに真はいつでもある

 

弱い人よ

ボクも人一倍弱い

信を忘れ

そしてかなしくなる

 

信を忘れると

自分が空中にうき上がって

きわめてかなしい

信じよう

わけなしに信じよう

わるいことをすると

自分が一番かなしくなる

 

だから

誰でもいいことをしたがっている

でも 弱いので

ああ 弱いので

ついつい わるいことをしてしまう

すると たまらない

まったくたまらない

 

自分がかわいそうになって

えんえんと泣いてみるが

それもうそのような気がして

あゝ 神さん

ひとを信じよう

ひとを愛しよう

そしていいことをうんとしよう

 

青空のように

五月のように

みんなが

みんなで

愉快に生きよう

 

(ボクの20回目の誕生日の日、これをボクのために

 そしてボクのいい友だちのためにつくる)

 

2022. 大阪旭区


 種を蒔く:#302,294, 289, 285, 274, 256, 248, 243, 234, 226, 215, 210, 202, 191, 182, 178, 169, 155, 133, 114, 101




#314 2022423

 

矢倉真由子からあなたへ

 

13回『子育てカフェ』のご報告

 

13回「子育てカフェ」の参加者は、3名でした。

ご参加いただき、ありがとうございました。

 

日常の中で、子どもたちの言動に感情が揺さぶられる時、自分が子どもの頃は同じような場面でどのように感じていたのだろうと考えることがあります。

 

子どもの立場に立ってみれば(大人同士でもそうかもしれませんが…)行動を改めた方がよいなと感じていても、周りから怒りの感情で伝えられると自然と反抗心が生まれるように思います。

 

怒りの感情を発する側も、そのような伝え方はよくないと頭ではわかっていても、内側に感情を留める余地なく…といった状況になっていることが多いのではないでしょうか。

 

子どもの言動の意味を、少し立ちどまって考える余裕を持てるよう(もちろん危険が伴うなどの場合は、そうは言っていられませんが…)、自分自身のメンテナンスも工夫していきたいものです。

 

互いのさまざまな思いが交差しながらも、相手に向かい合う本気度がどのくらい自分の根底にあるかを見つめてみるのも大事なように思います。

 

参加者の皆さんからのドネーション5,000円はAMDA社会開発機構ミャンマー事業にご活用いただきます。

 

次回の皆さまのご参加を、心よりお待ちしております。

 

blue earth green trees子育てカフェ・プロジェクトリーダー

 

【参加者の声】

Today learned from our sharing to listen. We observe and trust our children.Even if you want to correct or help them,  sometimes you need to keep quiet and let them do things on their own. Give them freedom with supervision.

 

 




#313 2022423

 

岡本幹子からあなたへ

 

   養護教諭生活39年の最後の2年は、まさに新型コロナ感染症対策の日々でした。令和22月末から5月末まで、学校は前代未聞の一斉休校となりました。今後どうなるのか不安な中、勤めていた中学校でも感染症対策、学習保障、行事の見直しなど検討事項が山積。学校再開に向けて健康観察の手順の確認、消毒準備、保健室の検温ゾーン化などの対策を進めつつ、何より心配なのは自宅で過ごしている子どもたちの生活状況と心の問題でした。

 

   そのため教職員で話し合い「こころとからだの健康チェック」を実施しました。

その結果、夜型の生活に移行する傾向、3食食べないこともある場合は3割、「なかなか眠れない」「疲れやすい」「気分が沈む」などの心の様子についての項目において「時々ある」「ほぼ毎日ある」と答えた生徒が約3割ありました。

 

   新型コロナの感染は収束の見通しが立たず、学校ではマスク、消毒、黙食、行事の制限などが続いています。その中、子どもたちにリラックスを感じてもらいたいと思い、体育教師と連携して呼吸を意識したヨガのポーズを実践してみることにしました。

「今の自分のこころとからだを感じてみよう」

「人と比べず、無理をしないで」

「自分が気持ちいいことが大切」

「今ここにいること、仲間とヨガができることに感謝して」

 

    呼吸をしながら、自分のからだや気持ちに集中して動いていけるよう優しく言葉をかけ誘導しました。私がはじめてヨガを体験したときのからだの気持ちの良さ、連帯感を感じてくれたらいいなと願いながら。

 

   子どもたちの中には、「初めてだったけど辛くなくてスッキリした」「久しぶりに気分が軽くなった」「体育館の窓から差し込む光がきれいでリラックスした」といった感想があり、リラックス度が高まったことがわかりました。

 

    コロナ感染が始まって3回目の春を迎えました。このような状況だからこそ、心の安定は本当に大切だと感じます。リラックスの方法は色々あると思いますが、自分の呼吸と連動して体をうごかすことで、伸びているところ、ちぢむところをしっかり意識しながら、心の安定を図り、仲間とのつながりを感じるヨガの時間を思い出してほしいです。

 

プロフィール:元養護教諭、現在特別支援教育サポーター

 

 




#312 2022417

 

東口千津子からあなたへ/From HIGASHIGUCHI Chizuko to you

 

いつもblue earth green treesへのご理解・ご協力をありがとうございます。多様なプロジェクトにご参加いただいているお一人おひとり、一緒に歩んで下さっているお一人おひとりに感謝申しあげます。

仙台から札幌に転勤となった息子の暮らしは藻岩山の麓で始まりました。藻岩山はアイヌ語で「インカルシペ/Inkar-us-pe」(いつも眺める所、いつも上がって見張りをするところ)と呼ばれた場所で、頂上からは札幌市とその周辺、そして石狩湾を望む景色が広がります。原始林には多くの動植物が生息しており四季折々の自然が豊かな場所ですが、冬の暮らしは大雪の中でさまざまな工夫が必要で、地域の皆さんが助け合っておられる様子が伝わってきます。

 国内外の多様なコミュニティには独自の美しい自然と丁寧な暮らしがあり、平和の文化が創造されるための努力が続けられるからこそ、守られるべきものが守られていると感じます。それぞれのコミュニティには解決されるべき課題があり、地域の皆さんがお互いの声を聴き合いながら、少しずつ解決に向かっておられ、それぞれの取り組みのプロセスには学ぶところが多くあります。

 世界の多様なアングルから報道されるニュースを見ながら、ウクライナやロシアや周辺の国の人々の声に耳を傾けながら、歴史に学びながら、個人・組織・国・世界について考え続けています。

 「conflict/葛藤、対立」がみられる時の解決策は「強制」や「服従」ではなく、「協調」であることを民主主義の社会で育った私たちは学び、家庭で、学校で、職場で、それぞれのコミュニティでチャレンジし、実践してきました。

 対立する双方が理解を深められるように、安心できる環境でそれぞれの話を丁寧に聴きとり、双方が孤立することのないように調整していくプロセスでは、中立的な立場で間に立てる人/組織が必要であり、重要な役割を担います。そして、対立する双方も支える役割のメンバーも関係する全員がそのプロセスを通じて、自らの内側に「聴く力」、「受け止める力」、「理解する力」、「相手に伝わりやすい表現力」、「より高次の目的地を見つける力」、「折り合える地点を見つける力」、「具体的な行動を重ねていく力」、「振り返る力」、「感受性」などを磨き続けることが必要なのではないでしょうか?孤立感や不安感や恐れにとらわれたままではなく、冷静さや客観的視点を持ちながら安心感や信頼感を共有するプロセスを経験しながら、個人/組織がより聡明な判断を重ね、平和の文化を創造する方向へ歩んでいけるようにイメージを持ち続け、行動し続けたいと思います。

 まだ国内から外に出たことがなかった頃、「preventive diplomacy/予防外交」は国連のミッションの中心に置かれていると学び、国連は世界の紛争を解決してくれるのだと楽観視していた時期がありました。自分自身が世界のできごとにふれ、国内外の多様な人々に出会いそれぞれの異なる声を聴かせていただき、多様な経験を重ね、現実を知っていくと、世界の秩序を保つには国連のみに頼るのではなく世界を構成する私たち一人ひとりが平和の文化を創造するために知恵を育て、共通の宝物である子どもたちや豊かな自然を守るために日々たゆまぬ努力を重ねていくしかないことに辿り着きます。

 413日、グテレス事務総長は、国連主導での人道的停戦について「現時点では可能ではなさそうだ。民間人の退避を保障し、人道支援ルートを確保するためにできることは多くある」と語り、交渉を続ける考えを伝えました。また「食料やエネルギー、金融における3重の危機が加速している。17億人が食料・エネルギー価格の影響を受け、貧困と飢餓が拡大している」と述べました。

 「争いの発生を防ぐとともに、現に存在する争いが紛争へと発展する前にその解決を図り、もしくは紛争が発生した場合はその拡大を制限する。それは仲介、調停もしくは交渉の形をとることもある。」という役割をもつ国連ができることを続ける中、この難しい情勢に変化をもたらすことのできる個人/組織が、この世界にまだおられるのではないかと思いを巡らしています。科学的視点と人道主義に基づいてさまざまな難局に向き合い、確かなリーダーシップを発揮されたMs.Angela MERKELは、今、何をどのように見つめておられるのか、Ms.MERKELと共に行動していたチームのメンバーは誰のためにどのような場所で働いておられるのかと考えます。そして繰り返しとなりますが、やはり私たち一人ひとりも国内外の自然や多様な人やできごとから学び続け、考え続け、行動し続け、個人/組織/国が孤立しない関係性を育て続け、平和の文化に繋がる一瞬一瞬の判断を重ねていく努力を続けていく必要を感じます。

 青い地球にも限界があり、すべてを許容できる万能な存在ではないことに気づいた私たちは、大文字のBlue Earthではなく小さな限りのあるblue earthとして認識し、それぞれのコミュニティに存在する自然を大切に、丁寧に暮らしていくことで、次世代にこの美しい地球に暮らせるバトンを渡していけるのだと思います。

 国内外のそれぞれの小さなコミュニティに暮らす私たち一人ひとりは小さな木のような存在であるかもしれないけれど、多様な一本一本がそれぞれのあり方で根を張り、枝を伸ばし、鮮やかな緑の葉をつけ、blue earthの美しさを守ることのできるgreen treesのように生きていくことができれば、世界はどんなに平和であるだろうと想像します。

本当に大切なことはそれほど多くないことを心で見つめ、それぞれの場所でLove, Peace, Freedom & Diversityの種を蒔き続けましょう。

We already know that the blue earth has its limits.  Imagine that we can live just as green trees so that they are able to protect and save the beauty of this blue planet.  Imagine that we can live a peaceful life if we are able to live like green trees and enjoy the beauty of each tree.  Let’s sow the seeds of Love, Peace, Freedom and Diversity in each family, each school, each place to work and each community in the world.

 

プロフィール:一般社団法人blue earth green trees代表理事

種を蒔く:#307, 287, 271, 261, 244, 174, 158, 145, 125, 118, 79, 56, 42, 1

 

 

 

 




#311 2022416

 

尾松貴美からあなたへ

 

日頃はフェアトレードプロジェクトにご協力頂きありがとうございます。

この度、マルシェバックをご注文いただいた皆様、423日からお渡しできる予定です。

どうぞお楽しみに!

 

100%オーガニックコットンで作られたフェアトレードバック。

持ち手が可愛く、コンパクトに折りたためる薄手仕様です。価格1000円(税込み)

 

 

さて、5月はフェアトレードキャンペーン月間です。

 

フェアトレード商品を買う、味わう、SNSで広める、イベントに参加するなど、様々な形でキャンペーンに参加することができますので、この機会に是非ミリオンアクションキャンペーン特設サイトを覗いて見てください。

 

ミリオンアクションキャンペーン特設サイト

https://fairtrade-campaign.com/

 

*プロフィール:同時通訳・翻訳家

blue earth green trees フェアトレードプロジェクト・リーダー

種を蒔く:#275,1651421399

 




#310 202249

 

岩崎裕保からあなたへ

SDG4(エス・ディ・ジー・フォー)教育キャンペーン」のお知らせ

 

SDG4(エス・ディ・ジー・フォー)教育キャンペーン」は、SDGs(持続可能な開発目標)のゴール4(教育目標)を達成するための世界規模のキャンペーンです。

毎年4月に、市民の声を政府へ届け、政策に反映することを目的とするグローバル・キャンペーン(GAWE: Global Action Week for Education)が世界100か国以上で実施されています。教育分野の国際協力NGO20団体の連合体である「教育協力NGOネットワーク(JNNE)」は、日本において「SDG4教育キャンペーン」(旧:「世界一大きな授業」キャンペーン)を実施してきました。

2003年の開始時より延べ58万人以上が参加し、2021年は3,896名の子ども・ユース・市民が参加しました。今年も、世界中のNGOや教職員たちのネットワークを通じて、世界100か国で一斉に開催されます。

 

参加は個人でもグループでも可能です。無料の教材やイベントもあります。

以下の情報をご覧になって、市民の声を届けましょう。

もちろん情報の拡散も大歓迎です。

 

   *    *    *    *

SDG4を達成するための声を届けよう/

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SDG4教育キャンペーン2022

https://www.jnne.org/sdg2022/

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実施期間:202241日(金)~531日(火)

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現在、世界の子どもの25,900万人が小中高校に通えていません。また、読み書きができない大人は7億3,000万人も存在し、うち6割は女性です。新型コロナウイルス(COVID-19)による学校閉鎖のため、ピーク時には約15億人の子ども・若者が就学の機会を奪われました。

 

日本においても、小中学校に行っていない外国籍の子どもは2万人、小中高校における不登校の子どもは23万人もいます。また、日本語の読み書きが不自由な大人もいます。

 

「持続可能な開発目標(SDGs)」では目標4「質の高い教育をみんなに」を掲げていますが、COVID-19の影響により「世界の教育分野のこの20年間の前進は帳消しになった」ともいわれています。そんな今だからこそ、SDG4達成のための政策を実現するために、みんなの声を国会議員と日本政府に届けましょう!

 

●実施期間

202241日(金)~531日(火)

 

●対象者

個人・学校・グループで、どなたでも参加できます

 

●参加方法:3つの方法のいずれかで参加できます

(1)オンラインで選択・投票する 

(2)授業・ワークショップをやる

(3)子どもロビイングに参加する

※オンライン投票は41日(金)~

※キャンペーン公式教材(無料)をご利用ください。

 

教材お申込み、選択・投票はウェブサイトからどうぞ

https://jnne.org/sdg2022/

 

●政党アンケート結果を公開!

SDG4教育キャンペーンは、今年3月に9政党にSDG4(教育目標)に関するアンケートを実施しました。8政党(自民・公明・立憲・共産・維新・国民・れいわ・社民の各党)から得た回答を掲載しています。

https://www.jnne.org/sdg2022/know/

※政党名は6月1日以降に公開します

 

回答を読んで、あなたが最も賛同する政党は?

オンライン投票でキャンペーンに参加できます。

https://www.jnne.org/sdg2022/voice/

 

アンケート結果を使って授業をやってみよう!

市民教育・主権者教育の機会にもなります。

https://www.jnne.org/sdg2022/think/

 

●子ども・ユース代表募集中

24歳までの子どもやユース世代から各政党や関係省庁へのロビイング・政策提言を行うメンバーを募集します。事前研修・トレーニングを行いますので、初めての方もぜひチャレンジしてみてください。

https://www.jnne.org/sdg2022/lobbying/

 

●事務局:「SDG4教育キャンペーン」事務局

開発教育協会(DEAR)内

E-mailgce.japan.campaign@gmail.com

※お問い合わせはメールでお願いします。

 

URLhttps://www.jnne.org/sdg2022/

Facebookhttps://www.facebook.com/jnne.gce

Twitterhttps://twitter.com/JNNE_GCE

 

●主催:教育協力NGOネットワーク(JNNE

教育協力に関わるNGO21団体を中心としたネットワーク

https://www.jnne.org/

 

●実施団体

認定NPO法人 開発教育協会(DEAR

公益社団法人 ガールスカウト日本連盟

公益社団法人 シャンティ国際ボランティア会(SVA

公益社団法人 セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン(SCJ

認定NPO法人 チャイルド・ファンド・ジャパン(CFJ

公益財団法人 プラン・インターナショナル・ジャパン

認定NPO法人 フリー・ザ・チルドレン・ジャパン(FTCJ

NPO法人 ラオスのこども

認定NPO法人 ワールド・ビジョン・ジャパン(WVJ

 

 

プロフィール:blue earth green trees SDGs勉強会プロジェクトリーダー。同志社大学法学部政治学科卒業、同大学院アメリカ研究科修了。ニュージーランドが関心の地域。私立中高で英語を教え、その後大学に移って「平和研究」「国際協力論」「NGO/NPO論」などを担当。2008年から6年間開発教育協会(DEAR)代表理事。今はDEAR監事と関西NGO協議会(KNC)監事。

種を蒔く:#303,292, 266, 259, 254, 237, 224, 197, 175, 143, 124, 121, 98, 79, 73, 69, 67, 48

 

 




#309 202249

 

小原祥子からあなたへ

 

<第4回ひとときカフェ>

327()、前回に続き雨模様の奈良にて、第4回ひとときカフェを無事開催することができました。ご参加の皆さま、ありがとうございました。

 

初めてご参加の方々、親子で一緒に参加してくださった方々もおられ、今回もたくさんの新たな出会いが増えたひとときカフェ。回を重ねるごとに、豊かな出会いと時間が重なり広がってゆく幸せを感じております。

 

限られた時間の中ではありますが、皆さまが日頃取り組んでおられることや日常生活の中で感じておられること、親子それぞれがその時々で感じてこられたことや今の想いなどをお話しくださり、それぞれの「今」を聴き合える貴重な時間になったと感じられ、プロジェクト名の副題でもある「それぞれの旅、想いの交差点」という言葉とともにしみじみうれしく思い返しています。

 

今ここで出会っている目の前の方々のお話から、皆さまの重ねておられるいろいろな時間を感じるとともに、親子だからこそこれまであえて伝え合うことのなかったそれぞれの大切な想いをこの場で言葉にしてくださったことからは、その場に別の誰かが居合わせることで初めて伝え合えるご家族の大事な想いもあるのだという、目から鱗が落ちるような新鮮な気づきと大きな感動をいただきました。

 

お互いを深く思いながら話され、お互いの言葉に心を込めて耳を傾けておられるお母さまとお嬢さまの姿にも、お一人おひとりに温かな関心を向けながら、互いのお話を自然に朗らかに聴き合ってくださった皆さまの温かなご様子にも、今、ここで「ひととき」をご一緒させていただけることのかけがえなさやありがたさを、改めて実感いたしました。ご参加の皆さまがお作りくださった時間と空間に、今回も共に居させていただけたことに深く感謝しております。皆さま、本当にありがとうございました。またご一緒させていただけることを楽しみにしております。

 

次回、第5回ひとときカフェは、528()開催の予定です。皆さまのご参加をお待ちしております。

 

プロフィール:blue earth green trees ひとときカフェプロジェクトリーダー

種を蒔く:#247, 231, 213, 7

 




#308 202249

 

天沼耕平からあなたへ

 

いつもUNHCRの難民支援活動にご協力いただいている皆様方へ

 

いつも大変お世話になっております。

国連UNHCR協会の天沼耕平と申します。

皆様方には、いつも世界中の難民となり、困難に立ち向かう人々を支えていただき、改めて深く御礼申し上げます。

 

戦争が始まって1か月以上が経ち、犠牲者は後を絶ちません。

犠牲になるのは、いつも民間人であり、無垢な子どもたちも多く含まれます。

メディアでも日夜取り上げられておりますが、この記事を書いている時点で、国境を越えて避難を難を強いられる人々は400万人を超え、国内避難民も650万人、避難すらできずに苦境に立たされている人が1300万人以上おります。

人口4000万人以上のウクライナで半分以上の人々が、想像を絶する苦痛の中にいます。

 

数字で語ることは、ある意味簡単なことかもしれません。

もし、自分が同様の状況になったら、想像することも苦しい、そう思われる方も少なくないでしょう。

一人ひとりの命の瞬間を考えたとき、皆様からいただくご支援が本当に大きな意味を持つと、この仕事をしているといつも強く思います。

爆撃によって全てを失ってしまった人々にとって、今、行われている支援は本当に生命線なのです。

 

ウクライナ国内では、以前より6カ所の拠点と3カ所の倉庫を配備し、もちろん近隣国においてもUNHCRは活動を続けており、この危機にいち早く対応してまいりました。

現在、150名以上のUNHCR職員とそのパートナー団体が、命がけで支援活動を続けています。

 

~ご参照いただければ幸いです~

【続報】ウクライナ緊急事態

https://www.japanforunhcr.org/news/2022/Ukraine-report

戦争が始まり1か月、ウクライナの人口の約4分の1が避難

https://www.japanforunhcr.org/news/2022/month-since-start-war-quarter-Ukraines-population-displaced

 

~~~~~~~~~~~~~~

 

 

現在、日本国内はもちろんのこと、世界中で支援の輪が広がっています。

一刻も早くこの戦禍が終わることを祈りつつ、私たちができることで命の灯を消さぬよう、ひきつづき皆様の御力を貸していただければ幸いです。

 

ウクライナ緊急支援は以下の窓口より受け付けておりますので、ぜひご覧くださいませ。

https://www.japanforunhcr.org/campaign/ukraine

Tポイントでご支援いただけます

https://donation.yahoo.co.jp/detail/250013

 

ウクライナ以外にも多くの国や地域で厳しい現状は続いております。

すさまじい時間が流れておりますが、ぜひ、ともに世界を良き方向に変えていく輪をつくっていければ幸甚です。

 

皆様のますますのご発展とご健康をお祈り申し上げますとともに、今後とも何卒よろしくお願い致します。

 

プロフィール:国連UNHCR協会職員

種を蒔く:#293, 269, 258, 245, 238, 217, 203, 192, 183, 172, 162, 146, 141, 127

 

 




#307 202242

 

東口千津子からあなたへ/From HIGASHIGUCHI Chizuko to you

 

 先日316日、「種を蒔く#296」で2011311日の東日本大震災から11年が過ぎたことにふれ、「遺族の方や原発事故被災地で苦しむ方々の抱える課題を、引き続き、多面的に考え続け、できることを行動に移していく必要があると感じます」と書きました。その夜2336分に、福島県沖でマグニチュード7.3の地震が発生しました。仙台に暮らす息子も地震発生直後にドアの開閉を確かめ、すぐに避難できる状態を意識したそうです。被災された皆さんに心よりお見舞い申し上げます。倒壊や断水などの環境下で助け合い、協力し合っている被災地の皆さんと共に考え、防災についての意識を高め、一つ一つの課題に対して取り組み続けたいと思います。 

 「大切な人を想う気持ち」、「無事を祈る気持ち」を一人一人が心に抱き、家族や友人や繋がる人が安全で穏やかな日々を過ごせるようにと願うことは世界のどの国でもどの地域でも共通した深いものです。

 UNHCRは330日、ロシアのウクライナ侵攻に伴い、ポーランドやハンガリー、モルドバやルーマニアなどの近隣諸国に逃れた難民が400万人を超えたと発表しています。また、1300万人以上が国内で避難できずにとどまり、約650万人が国内で避難生活を送っていると伝えられています。

 人道的危機の深刻な状況が続き、家族が引き裂かれ、家を無くし、絶え間ない恐怖の中でこの瞬間を過ごしているウクライナの人々のことを思うと心がいたみ、苦しい気持ちになります。

 私たちにできることはささやかでも、平和的解決を願いながら、行動を続けていきたいと思います。

 312日から330日までのblue earth green treesウクライナ応援プロジェクトにご参加・ご協力いただいた皆さま、ありがとうございました。

◆参加人数(メッセージでのご参加を含めて):91

◆ドネーション額:228,500

・全額を国連UNHCR協会様へお送り致しました。ウクライナ国内外の避難民の皆様のためにご活用いただきます。

3/10 blue earth green treesより95,000

3/12&3/13 ドネーションプロジェクトより82,000

3/14~3/29 皆様より51,500円(Love, Peace, Freedom & Diversityポストカードご購入分も含めて) 

 プロジェクトレポート『ウクライナ応援プロジェクト』に皆さまから届けていただいたメッセージを掲載しています。「軍事侵略に反対し、一刻も早い平和的解決を望む」、「ウクライナやロシアや関係諸国について知る努力をする」、「お互いを理解し合い、助け合い、支え合う力を身につける」、「ロシア市民に戦争反対の声を届ける」、「生き抜いてほしい」、「市民が国家権力の濫用を許さない」、「民主主義・人権思想を醸成する」、「愛や思いやりの精神を広げていく」、「対話によって停戦してほしい」、「正しく知る、正しく理解する」、「多面的に物事を見ていく」、「地球市民となるプロセスを進む」、「軍事行動には合理性はなく、有効でもなく、無益に帰すものである」、「市民が自由に喋り合うことがとても大切」、「Let peace, freedom and love reign in our hearts.」などのお一人おひとりのメッセージに共感し学び、同じ方を向いて平和的解決を祈りながら、知恵を出し合い、できることを続けていきたいと思います。

「ウクライナの皆さんを想う気持ち」「平和への願い」など、引き続き、メッセージをお届けいただけましたら掲載させていただきます。

 また4月末までの期間、blue earth green treesの「Love, Peace, Freedom & Diversityポストカード」ご購入額をウクライナ国内外の避難民の皆さんのために活用いただけるように致します。

 私たち個人が何を大切に感じ、どのように自分自身を育て、どのように人と信頼関係を築いているのか、また組織との関係、国との関係をどのように構築しているのか、日々、見つめ続ける必要を感じます。自分の軸を内側にしっかり育て、自分で考え、自立的に行動し、さまざまな瞬間に自他を尊重する聡明な判断を重ねながら、個人や組織や国と健康的な関係を育て続けることが、危機状態に陥ることを防ぎ、自他を守ることに繋がるのではないかと考えます。

Love, Peace, Freedom & Diversityの種をさまざまな場所で蒔き続け、軍事行動ではなく、多様な一人一人の声を聴き合い、対話で平和の文化を育てる方向へ、皆さんと一緒に歩み続けたいと思います。世界各地の若者たちや子どもたち、その次の世代、もっと先の世代の一人ひとりの生命が大切にされる社会を創っていけるように。美しい自然が守られる世界でありますように。

 We hope that a peaceful resolution can be brought in Ukraine, Russia and other countries as soon as possible. We also hope that you, your family and your friends will be able to live safe and healthy in your beautiful community.   

 

プロフィール:一般社団法人blue earth green trees代表理事

種を蒔く:#296,287, 271, 261, 244, 174, 158, 145, 125, 118, 79, 56, 42, 1

 

 




#306 202242

 

From Armin PITHAWALA to you

 

Dear Team of Blue Earth Green Trees,

 

I am delighted to get this opportunity to express my gratitude to Blue Earth Green Trees for their noble service during trying times. My special thanks to Chizuho Higashiguchi san and Mask project team for coordinating with me for sending 150 cotton masks to my hometown Navsari, South of Gujarat, India, during the deadly second wave of Covid-19 which I distributed in my neighborhood, friends, family and community.

The masks were of good quality and lovely designs that even children loved it. They are so durable that they are still good to use even now. It was indeed a valuable contribution at the time when we needed it most.

I feel proud to be a supporter of this wonderful NGO which tirelessly serves mankind with humility, kindness and love.

 

Warmest regards,

Armin Pithawala

 

Seedfolks:#186

 

 




#305 202242

 

松本由季子からあなたへ

 

1回手作り布ナプキンワークショップのご報告

 

326日㈯に行われた第1回手作り布ナプキンワークショップの参加者は、8名でした。

ご参加、ご協力いただいた皆様ありがとうございました。

 

先日、厚生労働省から「生理の貧困」に関する初の調査結果が発表されました。調査は2月上旬、インターネットで1849歳の女性3千人に、コロナの流行が始まった20202月ごろ以降の状況を尋ねたもので、経済的理由などで生理用品の購入・入手に苦労した経験がある女性が8.1%に上ることが分かりました。特に、20代以下では12%超となり、若年層が目立つ結果となっています。

 

このように、日本においても「生理の貧困」が問題となっておりますが、途上国における「生理の貧困」の問題は更に深刻で、厳しい現実があります。

 

ワークショップにご参加いただいた方々の感想にもありますように、様々な方にこのような国内外の問題に目を向けていただき、「手作り布ナプキンを届けようプロジェクト」をはじめ、blue earth green treesの活動にご協力いただけるとうれしいです。

 

次回の皆様のご参加をお待ちしております。 

 

参加者の皆様からいただいたドネーション(第4回ひとときカフェのドネーション額と合わせて)20,500円は、AMDA社会開発機構様へお送りし、ホンジュラス事業にご活用いただきます。

 

参加者の皆様に作成いただき、お預かりした手作り布ナプキンは、AMDA社会開発機構様事業国のホンジュラスへお送りし、ご活用いただきます。

 

◆参加者の皆さまのお声

 

・お会いしたこともない世界の人の姿を心に想いながら、一針一針、針をさすという貴重な体験でした。同じ場で一緒に誰かを想い、ものを作る皆さんの存在も、少しの時間でしたが、仲間のように感じる時間でした。

 

・家にあるもので簡単に作ることができるのがわかりました。改めて家でも作ってみようと思います。また、布ナプキンについてもっと調べ、広めていけたらいいなと思います。本日はありがとうございました。

 

・初心者が手作りするためのマニュアルから型紙やプラスチックボタンまでご用意いただき、ありがとうございました。準備が大変だったのではないかと思います。おかげさまで、初心者も迷子になることなく、何とか作り上げることができました。第1(写真)はちょっといびつで使いにくそうなので、再度トライしてみたいと思います。日本でも、ナプキンが買えずに困っている女の子たちが増えているとニュースで読みました。こういう試みが、国内外の問題に向き合うきっかけになっていくことを願います。

 

・事前準備をきめ細やかにしていただいていたので、作業の流れがわかりやすかったです。久々の手芸でしたが、手作りする時間が楽しかったです。

 

 ・初めて布ナプキンを作りました。環境への観点から、もとから興味はありましたが、自分ひとりで作ってみることはなかったので、とても良い機会でした。ありがとうございました。

 

プロフィール:blue earth green trees手作り布ナプキンプロジェクト・リーダー。愛媛県出身。臨床心理士・公認心理師・看護師・保健師の資格を持ち、精神科病院臨床を経て、スクールカウンセラーや学生相談室カウンセラー、大学非常勤講師として勤務。やわらかくしなやかな心と身体を目指して、2010年からヨガをはじめ、学びを深めている。二人の息子の母としても、子どもたちの夢を応援中。

種を蒔く:#272,265, 230, 78, 46, 8

 

 




#304 202242

 

野田佳代からあなたへ

 

日本からは、本当に何ができるのか、無力さを感じています。

戦争には反対しながらも、こちらでは、役者として特攻隊の舞台に出て、少しでも皆さんの関心が高まればと思っていました。それでも平和な国でいるという気持ちもあったのだと思います。本当にウクライナ侵攻が実際に起こったことは信じ難く、子どもたちが亡くなったことには、深く憤りと、やり場のない悲しみを感じて止みません。

 

どうか一瞬でも早く、平和的解決を。そして戦場となったウクライナの復興を願います。

 

プロフィール:関西大学文学部英米文学科卒、松竹芸能専属タレントを経て結婚、現在英会話教室主宰、女優(現在フリー)、カメラマンとしても活動、二児の母。

 

 




#303 2022327

 

岩崎裕保からあなたへ

 

ウクライナで起こっていることは一体どういうことなのでしょう。実質的には戦争なのでしょうが、宣戦布告をしていないので、形式的には戦争とは呼べないことなのでしょうか。

人を殺すということが実際行われており、それは許しがたいことです。

国家が武力を使って問題解決をしようとするとき、その態度や行動は民主的手続きに基づいて決められることはありません。今回も、ロシアの市民は多くを知らないままでしょう――知らされていないと言った方が正確でしょう。専制国家の翼賛状況でコトは進められます。(アメリカ合州国は、第二次世界大戦を最後に、議会は一度も宣戦布告をしていませんが、この間もっともも多くの戦闘行為を行ってきた国家です。9.11の後、「反テロ戦争」に入りましたが、この時は武力行使を認める決議に反対したのはたった一人の議員だけでした。専制国家でなくとも翼賛体制が出来上がってしまいます。)

 

僕は、この一か月間、日本のことが気になって仕方ありません――ウクライナの状況を他人ごとだととらえているのではありません。

かつて日本は軍事力で国境線の変更を強いました。第二次世界大戦ではアジア・太平洋地域では2000万を超える人の命が奪われ、日本人の犠牲者は310万人でした。軍事行動には合理性はなく、有効でもなく、無益に帰すものであることを、日本は学んだハズです。そういう経験を持つ者として、軍事力で何かを成し遂げようとすることの無意味さを、客観的に世界に訴えることができる立場に日本はいるのではないでしょうか。日本国憲法前文はそういう国家になりたいという宣言です。しかし、戦後、日本社会はアジア・太平洋の諸国ときちんと向き合わないままに、常に米国の側にいます。これでは前文にある理念を実践するのは無理というものではないでしょうか。

米軍はインド洋の西のモーリシャスに、グアムに、ハワイに、そして沖縄に基地を持っています。そしてソコは植民地的に支配されています――「自由で開かれたインド・太平洋」とか「QUAD(日米豪印)」はそういう構造のもとにあり、日本政府はこれを積極的に進めつつあります。軍事(広島・長崎)と民生(福島)のどちらもの核被害を受けた日本社会は核――兵器も発電も――の廃絶を訴える資格があるにもかかわらず、ことに今回のウクライナの状況を利用して、核の拡大政策を声高に言い出した人たちがいます。冷静に考えれば、核の廃絶が安全や平和につながることは明白です。その努力こそ意味があるにもかかわらず、正反対のことを唱えるのは安全や平和を望まないことなのでしょう。こういう人たちは、過去を見て「日本をとりもどす」とか「アメリカをとりもどす」などと言います――「ソ連をとりもどす」というのも同じです。論理的に考えず、気分が先行する思考になっています。ニュース番組の中で”I am not ABE”と書いた人は批判され、その番組から降ろされましたが、今回ロシアのニュース番組の中で”NO WAR”と書いた人は称賛されています。こういうのをダブル・スタンダードというのでしょう。

今の日本は、専制国家ではなく民主国家でしょうか、翼賛的になっていないでしょうか。社会が怪しい情況にあるときには、市民が自由に喋り合うことがとても大切だと思います。無駄のない効率的な社会が理想のように語られることが少なくありませんが、オシャベリはそういう主流の脇にある遊水池のような存在かもしれません――流れを緩やかにして、横に外れて溜まることで氾濫を防ぐ。そういう場所を意図して作る、意識的に設ける知恵がオシャベリというわけです。

フランク・パヴロフという心理学者が書いた寓話『茶色の朝』(大月書店)は、読んで楽しい本ではありませんが、こんな状況になってしまったいま読む価値のある本です――いや、こうなる前に読んでおくのがよかったのでしょうが、遅すぎるということはありません。お薦め本です。

 

プロフィール:blue earth green trees SDGs勉強会プロジェクトリーダー。同志社大学法学部政治学科卒業、同大学院アメリカ研究科修了。ニュージーランドが関心の地域。私立中高で英語を教え、その後大学に移って「平和研究」「国際協力論」「NGO/NPO論」などを担当。2008年から6年間開発教育協会(DEAR)代表理事。今はDEAR監事と関西NGO協議会(KNC)監事。

種を蒔く:#292, 266, 259, 254, 237, 224, 197, 175, 143, 124, 121, 98, 79, 73, 69, 67, 48




#302 2022327

 

 

木村直子から あなたへ

 

―正義の戦争なんかない― 

  人が人を殺してはいけない。

 

 

高村光太郎

 ―もうひとつの自転するもの―

 

春の雨に半分ぬれた朝の新聞が

 すこし重たく手にのって

 この世の字劃(じかく)をずたずたにしている

 世界の鉄と火薬とそのうしろの巨大なものとが

 もう一度やみ難い方向に向いてゆくのを

 すこし油のにじんだ活字が教える

 

とどめ得ない大地の運行

 べったり新聞について来た桜の花びらを私ははじく

 もう一つの大地が私の内側に自転する

草野天平   戦争に際して思ふ   

― 最勝 ―

世界万人に真に勝つ武器は

神のやうに無手でありませう

前を正しく見て

物を持たないことでありませう

また持たうともしないことでありませう

わたくし共は父母の子でありますけれども

創りは独り

茫々とした天と地の子

我が物と思はないことであります

手は垂れて何も蔵(かく)さず

慈悲と無慈悲の中ほどに立つて

身体のいづれにも力を籠めぬ

あの平かな姿であり

言葉であり行ひでありませう

 

 

学舎の桜  2022.3.24


 

種を蒔く:#294, 289, 285, 274, 256, 248, 243, 234, 226, 215, 210, 202, 191, 182, 178, 169, 155, 133, 114, 101

 

 




#301 2022327

 

田中葉月からあなたへ

 

「ウクライナ民話  てぶくろ」

 

我が家にあるこの本は、30数年前、子どもが幼稚園児だった時のママ友さんからいただいたものです。

 

  娘と息子が読み、ずーっと本棚に眠ってました。孫が生まれ、またこの本を読み聞かせることができました。その時は「みんななかよく、たすけあいましょうね」と温かく、ほんわか、ゆったりと読んでいました。

 

   今、この本をこのような気持ちで読むことができないでいます。暗い気持ちになります。

 

   いろいろな生き物はいろんな民族、手袋はウクライナ、おじいさんはロシア。おじいさんが手袋を取りに来て皆バラバラに。

 

   来週、孫たちが来ます。「てぶくろ」を読んであげるつもりです。

 

どのように感じてくれるか楽しみにしています。 優しいおじいさんとてぶくろ、また皆が戻ってきててぶくろというお話を、温かく、ゆったりと、ほんわかと読める日が来ることを祈っています。